安室狂愛
□本当の気持ち
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眩しい…。
厚いカーテンが珍しく開いている。
『ん……』
今日は…晴れてるんだ。
久しぶりに拝むお日様に、目を少しだけ開けてみる。
誰もいない、光に満ちた部屋。
身体を起こして周りを見渡してみる。今、何時だろう…。
そっとベッドから足をおろし、リビングへの扉を開ける。
『あ……』
リビングの食卓で、コーヒーを飲んでいる安室さんを見つける。
私が入ってきたことに気付いていないのだろうか。
『……おはようございます』
無言の空気が妙に重苦しく感じ、取り敢えずと挨拶してみる。
少しの沈黙の後、チラリと私の方をみて、おはようございます、とそっけなく返される。
何?何か怒ってるの?
いつになく冷たく感じる態度に少しだけ動揺する。
食卓に向かい合って座るのも気まずく感じ、ソファーに腰を下ろす。
ふと時計を見ると10時過ぎ。随分ゆっくり寝てしまったようだ。
『あの……、今日、学校は…』
行かせてくれないのだろうか、と安室さんに問いかけるが、静かにコーヒーをすすり、こちらを見ようともしない。
聞こえていない、ということはまず無いだろう。…意図的に無視しているのか。
諦めたように視線を戻し、気まずい空気がまた流れる。
何も言ってこないことに不安を感じるが、まあ、向こうが口を開いても、とんでくるのは命令だけか、と思い直す。
昨日はあんなに…。
自分から安室さんを求めてしまったことを思いだし、顔をしかめる。
焦らされて、つらかったとはいえ…自分があんなことを言うなんて。
がたん、と椅子を引く音がして、思わず安室さんの方をみる。
コーヒーを炊事場に置き、脱衣所に向かう。
…何よ。
まるで私なんか此処にいないみたいに…。
ぎゅっと胸が締め付けられるような苦しさを感じ、ぽすんとソファーに横になる。
…別に、声なんかかけてくれなくたっていいけど。
寧ろかけられたほうがまた迷惑なことが増えるんだし…。
ただなんだかいない、みたいに扱われるのは酷く不愉快だ。
悶々とした気持ちを隠すように、ぎゅっとクッションを胸に抱いた。
暫くしてから服を着替えた安室さんが出てくる。
そのまま鞄を持って、玄関まで行ってしまう。
がちゃん、と扉が閉まった音が聞こた。
何も言わずに行っちゃった…。
自分が落ち込んでいることに驚く。
どうして私が落ち込まなきゃいけないのよ…。
強くクッションを抱きしめ、ふう、と大きく息を吐く。
安室さんは何がしたいんだろう。
漠然とそんなことを考える。
確かに私が先に手をだしたけど…随分強く殴られたし、髪を引っ張られて、乱暴に行為をさせられる時もあるのに…。
それなのに、頭を優しく撫でられる時もあるし、優しく行為をしてくれるときもある。
苦しそうに私の名前を呼んだかと思えば、今朝みたいに無視してくるし…。
どれが本当の安室さんなんだろう。
彼は私をどうしたいんだろう。
新一に会いたい。ふとそう思った。
新一なら彼の行動をどう捕らえるんだろう?
なんとかして連絡とれないかな…あ、携帯電話…。
安室さんの部屋に行き、学生鞄を探す。
どこだろう?タンス、クローゼット…、鍵のかかっていない場所は、すべて調べてみる。
『あ』
パソコンデスクの下に黒い学生鞄を見つける。
急いでそれを開いてみると、中にしっかりと入っている携帯電話。
それを取り出し、取り敢えず蘭に今日は体調がまた悪くなったから、とメールを入れる。
新一…、今、電話して大丈夫なのかな。
だけど安室さんはいつ帰ってくるか分からないし、今のうちかもしれない。
意を決して新一に電話をかけてみる。
プルルルル…、長いコール音。出る気配は無い。やっぱり忙しいのかな。
仕方ない、切ろう…と通話終了ボタンに手をかけたところでぶつっとコール音が途切れる。
「―――もしもし、瑠璃?」
新一の声だ!ばっと携帯電話を耳に当てる。
『新一?今、大丈夫なの?』
「…あぁ、あんまりでけー声はだせねーけど」
そういえば、心なしか声が小さい気がする。
「オメー、学校じゃねーのか?」
そう言われ、どきっと心臓がなる。
『あぁ…うん…今日はちょっと体調が悪くって』
「大丈夫かよ?お前、前も…」
『大丈夫だよ。それで、あのね…』
そこまで言ってふと気づく。このことをどう新一に伝えればいいんだろう?
「なんだ?」
『えっと…。………』
どうしよう、と悩んでいると急にあることが頭をよぎる。
そうだ、と小さく息を飲んでから話し出す。
『…たとえば、DVをする人っているじゃない?あれって、暴力をふるったあと、優しくなる人が多いでしょ…。どうしてなの?』
「されてるのか!?」
少しだけ大きくなる声に、この例えはまずかったかな、と思う。
『違う違う。例えばって言ったでしょ。こないだテレビでやってたから気になっただけ』
慌てて取り繕うように言うと、そうか?とまだ疑わしい声。
「…そうだな。アレにもいろんな種類がある。自分の感情が高ぶってつい手が出ちまう奴と、ただ単に暴力をふるうことによって性的興奮を感じる奴もいるな」
なるほど。この二択なら安室さんは前者だろう。
「その前後…ま、普段は優しいのに、ってのもいろんな種類があるな。餌付け目的の奴もいるだろうし、本当にどうしようもなく愛しくなって優しくなるのもあるだろう」
安室さんはどうだろう?餌付け?それとも一時の感情?
『そっか…。ねぇ、前、新一、何かに怯えてるんなら、何かが怖いんなら、って話…してくれたよね』
「ああ、それがどうした?」
『私…分からないんだ。自分が何を思っているのか。何が嫌なのか。どうしたいのか。嫌なことは確かに嫌な筈なのに…心のどこかではそれでもいい、って思っている自分がいるの』
「………」
『いつもそうやって考えているうちに面倒くさくなって…嫌なことに逆らう力もなくって、流されちゃう。…私、弱いよね』
「…そんなこと――」
電話越しに聞こえるチャイムの音。
『…あれ?もしかして、学校にいるの?』
「あ、いや、い、今学校の近くで張り込みしてるからさ」
『そうなの?大変だね…』
「悪ィ、もう切らねーと…」
『あ、うん!ごめんね、忙しいのに…』
「気にすんな!…一人で悩むな。話すだけで楽になることだってあるだろ。それから自分の気持ち、大切にな」
『うん…ありがと、新一。じゃあ、切るね』
ぷつん、と電話が切れて部屋が静まる。
話すだけで、か。確かに電話をする前より随分すっきりした気持ちになった。
自分の気持ち…か。
そういえば、前も新一言ってたっけ…。
一番怖いのは、まわりが見えなくなること、だっけか。
もう少しきちんと安室さんと向き合ってみよう。
そう決心する。
逃げてちゃダメ。それに、逃げまわったところでこの部屋から、この状況からは逃げられないんだし…。
立ち上がって窓の外を見下ろす。
特別高い場所でもないが、それでも日に染まった明るい街を見ることができた。
お日様を浴びるのも久しぶり。
明るい日差しを身体に受けると、少しだけ気持ちが前向きになれたような気がした。
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