安室狂愛
□あなたの優しさ
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死んだように眠る、とはまさにこのことだろう。
起きた時、一瞬自分がどこで何をしているのか分からなかった。
そういえば、熱をだして眠っていたんだっけ。
なんだろう?お腹の辺りにずっしりと覆いかぶさったものに気付く。
なんとか身体を起こしてみる。まだまだ身体はだるかったが、自力で身体を起こせるくらいには回復したようだ。
『あ……』
私のお腹で上半身を倒れこませるように寝ていた安室さん。
ずっと傍にいますよ。…彼は言葉通り本当にずっと傍にいてくれたのだ。
すやすやと眠る無防備な寝顔。このあどけない顔から冷たく狂ったような行動を起こすのだ…到底同じ人間とは思えない。
それにしても、可愛い寝顔。
さら、とその頭に手を這わしてみる。
気持ちいい…。安室さんはよく私の頭を撫でるけど、こういう気持ちなのかな。
しばらくさらさらの髪を撫でていると、ん……と声を小さく漏らしてから目を開ける安室さん。
「…瑠璃…?」
まだ少し寝ぼけ眼で私を見る。
『あ…すみません、起こしちゃって』
「いえ、僕のほうこそ勝手に寝てしまって…」
それから目をこすり、起きあがって大丈夫ですか?と心配そうな声で聞いてくる。
『はい、なんとか…。まだ少ししんどいですけど』
そう言うと安室さんは、少し待っててください、とリビングに消えた。
暗闇の中、ぼんやりと先程まで髪を撫でていた自分の手を見る。
…私、どうしちゃったんだろう。
沢山酷いことされたのに。もう嫌だって思ってたのに。
気が付けば頭を撫でていた。そこに憎しみや恨みの気持ちが少しでもあっただろうか。
…ううん、無かった。私は、あの時安室さんを…
そこまで考えて軽く首を振る。結論をだしたくなかった。結論をだしてしまえば、今までの自分をすべて否定してしまうことになるような気がした。
きっと、風邪で弱っていただけ。
弱った気持ちが私にそうさせただけ。
そう自分に言い聞かせる。
暫く経ってから、きい、と扉の開く音がした。
「電気をつけますね」
ぱちん、と電気が点き、そのあまりの眩しさに目を細める。
それから安室さんはベッドの傍に座り、くるくると手に持った器の中のものをかき回し始めた。
「ちゃんと食べないとダメですよ」
スプーンにそれをすくい、ふう、と息を吹きかけてから口元に差し出される。
玉子粥のようだ。小さく湯気をたてて目の前で揺れている。
口を開けるとそっと入り込むスプーン。おいしい。こくん、と飲み込む。
『…おいしい』
それは良かった、と優しい笑顔をむける安室さんに胸がきゅうと閉まるような感覚を覚えた。
丁度いいペースで差し出されるお粥をぱくぱくとすべて平らげる。
「全部食べられましたね」
そう言ってぽんぽん、と頭を撫でる安室さんに、何故だか急に涙が溢れだした。
ぽろぽろと堰を切ったように止まらない涙。やだ、どうして私は泣いているの?
「……瑠璃…」
こちらが苦しくなるくらい悲しそうな顔で私を見つめ、そっと濡れた頬に口づけをされる。
すみません、と小さく呟かれる。どうして謝るの?そう聞きたいのに声が出ない。
「僕はいつも君を泣かせてばかりだ…」
心臓がつまるような声で言われ、胸が苦しくなる。違うの、今泣いているのは、分からないけど、違うの。涙が邪魔をして何も話せない。
「…薬、きちんと飲んでから寝てくださいね」
それだけ言い残し、部屋を後にする安室さん。行かないで。そう言いたかったが何かがそれの邪魔をする。
感情の波が押し寄せては引いてゆく。でもそれは決して嫌な感情では無かった。ぽろぽろと頬を流れる涙は何故か温かかった。
なんとかして薬を飲み込み、横になる。熱と涙と共に、何かが抜け落ちたようだった。大雨が降った後のような清々しさが快い。
『………』
ゆっくりと目を閉じ、まどろみの中におちてゆく。意識の奥深くで、あなたのことを思い出す。
安室さん。
いつも私の元から離れていくときは、悲しそうな顔をする。
学校に行ったときも、お風呂場で水をかけられたときも、さっき部屋を出て行ったときも…。
どうしてそんな顔をするの?あなたはいつも私を好き放題に引っ張りまわして振り回すのに…。
私はいつもそんなあなたに心をかき乱される。
でも、なんだか今は。
そのかき乱された心が妙に心地よい。
あなたは今、何を考えて、どんな気持ちでむこうの部屋にいるんだろう。
そんなことを考えるのはいけないことだと頭が否定する。彼は私に決して許されたことではないことをしたのよ…と。
だけど今は、今だけは。
このかき乱された心に浸っていたい。
今だけは、あなたの優しさに溺れていたい…。
すう、と一筋の涙が頬を伝うのを感じながら、もう一度眠りにおちた。
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