安室狂愛

□あなたの体温
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あなたはいつも、悲しそうで
あなたはいつも、寂しそうで
あなたはいつも、切なげに私の名を呼ぶ。

憂いげなあなたの瞳はまるで
降り続く雨みたい……









うっすらと差し込んだ光に自然と目が開いた。
どうやら朝まで一度も起きずに眠ってしまっていたらしい。
ゆっくりと身体を起こしてみると、随分身体が軽くなっていることに気付いた。

「おはようございます」

がちゃ、とまるで図ったように部屋に入ってくる安室さんのほうを見る。

「体調は?」

『おはようございます…。お陰様で』

随分良くなりました、と笑顔で返すとそれは良かった、と柔らかな笑顔が返ってくる。

朝食をそっと口元に差し出されるが、身体はもう元気で十分自分で食べられる訳で、なんだか気恥ずかしい。

『……自分で食べられます、から』

ふい、と視線を外して差し出されたスプーンを受け取る。

「……今日、僕夕方まで家にいませんが大丈夫ですか?」

唐突に投げかけられた質問にはい、と小さく返す。いない、という言葉にちくんと反応した胸には意識をむけないようにした。

「もしなにかあったらポアロに電話してきてください。それから今日はまだ安静にしておくこと。薬もちゃんと飲んでくださいね」

そう言って二、三度頭を撫でてから部屋を出ていく安室さん。
やっぱり心がまだ弱ってるんだ。
風邪の時とか、無性に誰かに傍にいてほしくなる…あれと、同じ。…多分。

朝食を食べ終えて炊事場に食器を持っていく。安室さんは丁度出かけるところだったようで玄関に向かっていった。無意識にそれを追いかける。

『…あの』

靴を履く後姿に声をかける。

振り返って、なんでしょう?と私を見つめる瞳。

『…ありがとうございました。…いってらっしゃい』

なんだか普通に話すことができなかった。リビングに戻ろうとすると、こっちにきてください、と声をかけられる。
言われた通り安室さんの近くに行くと、ぐっと引き寄せられ抱きしめられる。

『…安室さん?』

「帰ったら少し…話をしましょうか」

『…え』

話って?と言い返す前にいってきます、と扉を閉められる。話ってなんの話をするの?それも気になったが、いつもよりも弱弱しい声の調子の方が気になった。




お昼過ぎだろうか、丁度お腹がすいたな、と思って台所を回っていたとき、不意にがちゃんと玄関の開く音がした。誰だろう。安室さんは夕方まで帰ってこないはずなのに。
まさか…泥棒?
どきどきする胸を押さえながら、何故かフライパンを握りしめ玄関をそっと覗いてみる。泥棒だったらどうしよう。まだ病み上がりで身体だってそんなに動かないのに…。

『あ』

予想に反して、玄関で靴を脱いでいたのは安室さんだった。

『安室さん?今日は夕方まで帰ってこないんじゃ…きゃっ』

安室さんに近づくと倒れこむようにぎゅうっと抱きしめられる。どうしたの?聞くまでもなく気付いた。…熱い!熱をだしているのだ。

…瑠璃、苦しげに私の名を呼ぶも、ほとんど意識がないのか体重を私に乗せきっている。このままでは…と引きずるように安室さんの部屋までなんとか運び込む。

やっとのことでベッドに寝かせ、布団をかける。幸い私が熱を出したところだったので水枕はすぐに見つかり、安室さんの下に敷いてやる。
皺になるし寝にくいだろうと軽く上の服を脱がせると造られた身体がシャツの下からのぞく。…こんなにきちんと見たことなかった。意外と鍛えてるんだ…。つつ、と腹筋に手を這わしてみる。硬いなぁ。ふと我に返り手を引っ込める。…何してんの、私。恥ずかしい…。

瑠璃…、と蚊の鳴くような声で呼ばれ、はっと安室さんのほうをみるがどうやら寝言のようである。
汗を額ににじませ、苦しそうな安室さん。私の風邪、うつしちゃったかな…。苦しそうな安室さんを見ると胸がぎゅっと痛んだ。

どうしよう。何をすれば…きょろきょろと部屋を見渡すと安室さんの鞄が目に入る。そこからのぞく、茶色いキーケース。どきん、と大きく心臓が鳴った。


…逃げられる。

…今なら、逃げられる。

安室さんはとてもじゃないが私を引き留められるような状態じゃない。私が出て行っても、彼は気づかないだろうし気付いていたとしても追いかけることはできないだろう。

…今なら。いや、逆に今しか逃げられない…。
…でも。

う…ん、小さく声を漏らす安室さんの方を見る。
あなたを置いて?こんなに苦しんでるあなたを?
キーケースを握りしめ、安室さんの顔を覗き込む。

…いいじゃない。たかが風邪。ほっといても死にはしない。それに仮に死んだとしても…誰が私を責められる?

どくんどくん、と嫌な音をたてて心臓が鳴っている。ぽたり、ぽたりと安室さんの顔に雫が落ちる。私はいつのまにか泣いていた。

おちた雫があなたの顔を滑り落ちる。また、雨が降り出した…。私はどうしたいの?私は、私は…。心の叫びは鳴りだした雷の音にかき消された。



140804

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