安室狂愛
□告白
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「ッてめェっ!」
姿を確認するなり、世良は傘を投げ捨て叫びながら走り出した。
「瑠璃になにしたんだ!答えろよ!」
安室の胸倉に掴みかかり、今にも殴りかかりそうな勢いに、傘を拾い急いでコナンも駆けつける。
「世良の姉ちゃん!」
「……ここだと人目もありますから、少し場所を変えましょうか」
胸倉を掴まれ、詰め寄られていると言うのに顔色ひとつ変えず、さっさと路地裏に入って行く背中を追いかける。
ぴちょん、ぴちょんと雨音が狭い路地裏にいやに響いた。
「…それで?話ってなんなの?安室さん」
コナンは確かめるように口を開く。
「お願いがあるのです…」
「お願い!?そんなの素直に聞けるわけが…」
「一週間でいいんです」
「…え?」
再度声を荒げる世良を制するような声が響く。
「一週間でいい…。彼女を、瑠璃さんを守ってほしいんです」
「守る、って…」
「…教えて。瑠璃姉ちゃんに何をしたの?それが分からないと、ボクたちだって…」
暫く言葉を選んでいたが、やがて安室は静かに話し始めた。
「……最後の日。つまり昨日の夜、僕は彼女に睡眠薬を飲ませ、意識が混濁しているときに暗示をかけました」
「暗示?」
「ええ。僕に関する記憶を全て忘れるように」
二人はふと、アムロ?と言った瑠璃のことを思い出した。あれは…つまり。
「問題はその暗示です。なにか強い衝撃や、記憶を思い出そうとすれば、その暗示はとけてしまうかもしれない。ですから1週間でいいんです。彼女を刺激しないようにしてほしいんです。そして、他の刺激からも守ってほしい。始めの1週間さえ乗り切れば、あとは大丈夫だと思うので…」
「そんなの、僕たちが素直に応じると思うのか?」
「僕は彼女をこれ以上傷つけたくないんです。…お願いします」
そっと頭を下げる安室に思わず世良もたじろぐ。
一瞬の沈黙。雨だけが鳴り響く。
「…分かったよ。僕も不必要に瑠璃を傷つけたくないから。…でも!」
もう一度世良が安室に掴みかかる。
「ひとつだけ答えろ!アイツの、瑠璃の痣は!手首の痣はお前がやったのか!?」
ほんの一瞬、安室の瞳が揺れ、小さくええ、と頷く。それを聞いた瞬間、コナンが止める間もなく世良は安室に殴りかかった。
「安室さん!…世良の姉ちゃん」
「なんだよ!君は悔しくないのか!?瑠璃はコイツのせいで…」
叫びながらコナンのほうを見ると、コナンは拳を握りしめ、じっと安室のほうを見据えていた。
その必死の形相に、世良も思わず口を閉ざした。…コナン君も怒ってるんだ。でも我慢してるんだ…と。
「…教えて。どうして安室さんは…。安室さんみたいな人が、こんなことしたの?」
それはコナンの一つの疑問だった。コナンの知っている中で、安室は頭も切れるし、非常に用心深い人物である。後先考えずにこんなことをするような人には到底思えない。
「…………」
安室は口を閉ざしたままだった。
「安室さん」
「……自分を抑えきれないんです。彼女のことになると…。これ以上彼女といると、僕はきっともっと暴走してしまう。ですからその前に…。彼女の記憶を消したのは、彼女に苦しんでほしくなかったから。きっと僕のことを覚えている限り、僕から離れても苦しんでしまう、と…」
「そんなの…。自分勝手だよ」
吐き捨てるように言う世良にふ、と安室は自嘲的に笑う。
「自分勝手でも、自己満足でも、なんでもいい。僕は彼女に幸せになって欲しいだけです。…僕のことなんて忘れて」
「…どうしてそんなに瑠璃姉ちゃんに固執するの?」
純粋に疑問をぶつけるコナンに、少し寂しそうな笑顔をむけた。
「……一目惚れ、なんて言ったら君は笑うかい?」
「……え?」
「初めて見たとき、彼女はまだ中学生だったよ。帝丹高校に受かった、って電話で親御さんに報告しているところを偶然みかけたんだ」
懐かしい記憶を辿るように遠くを見据え、話し出す。
「その時は、美しい人だな、としか思ってなかったよ。…でも彼女、笑顔で電話をしていたのに、電話を切った瞬間、ぽろぽろと涙を流したんだ」
「泣いていた…?」
「えぇ…。始めはただの嬉し泣きだと思ってました。でも違った。合格発表には殆どの人が親子できていて、それを見ながら泣いていたんです。…僕はある可能性に気付きました。彼女の近くには、親がいないんじゃないか、と」
「………」
「その時、僕は思ったんです。彼女を守ってあげたいと。彼女の傍にいてあげたいと…。それから彼女のことを調べ、親がよく出張で家にいないことを知った。どうしようか迷っていた矢先、ある事情で僕はこの町にきて、彼女を見つけた」
ある事情、その言葉にぴくりとコナンは反応したが、安室は遠い目を綺麗な夕日に向けていた。
いつの間にか、雨は止んでいた。雲の隙間から夕日が顔をのぞかせていた。暗かった路地裏が、ほんのりとオレンジ色に染まる。
「あとは、お察しの通りです」
ふっと視線をふたりに戻す。
ふたりは口を開くことができなかった。そんなふたりの横を通り過ぎ、路地裏をでようとする。
「…瑠璃さんのこと、お願いしますね」
寂しそうな瞳が、声だけがその場に木霊した。
ふたりは瑠璃の家に帰るまで、一度も口を開かなかった。
降り続いた雨は、すっかり止んでしまった。それから世良とコナンは瑠璃は無味乾燥な日々を過ごした。
いつも通りの、何の変哲もない日常。始めの方は瑠璃の一挙一動にハラハラしていたふたりだったが、瑠璃の記憶が戻る気配はなく、慌ただしく日々は過ぎていった。
…そして、安室の告白の日から、丁度一週間が経とうとしていた。
140808