安室狂愛

□「あなた」
1ページ/1ページ




「瑠璃!今日は瑠璃ん家に泊まってもいいか?」

安室の告白の日から、一週間目の帰り道、世良は満面の笑みで瑠璃に言った。

『え?いいけど…』

「じゃ、決まりだな!」

世良は隣を歩く小さな視線に気づいた。

「なんだよ、コナン君?羨ましいのか?残念だけど女の花園に男子は入れないぞー?」

いひひ、と笑う世良にジトッとした目を向けるコナン。

「そんなんじゃねーよ…」

「大丈夫だって!最後の最後まで気を抜かないのが探偵、だろ?」

ぱちん、とウインクをする世良を不思議そうに瑠璃は見つめる。

『ね、何の話?』

「秘密!じゃ、着替えて準備したら瑠璃ん家行くから、待っててくれよな!」

『分かった。じゃ、また後でね〜』

ひらひらと手を振り、去る世良さんの後姿を見送る。

「瑠璃姉ちゃん、なにか、変わったことない?」

『え?』

世良さんが去った後、心配そうに見つめるコナン君に視線を合わせる。

『変わったこと?…別にないけどなぁ』

最初の方はぼやっとしていた頭も、日に日にすっきりしていったし、頭痛も消えた。どうしてコナン君はそんなこと…

「そっか!なら良かった!じゃあボクこっちだから!」

『あ、うん!ばいばい、コナン君!』

家路につき、部屋で過ごしているとぴんぽん、と音がする。ドアを開けると満面の笑みで立つ世良さんの姿。
二人で騒ぎながら夕飯を済ませ、楽しく雑談しているうちに夜が少しずつ深まっていく。

「…あっははは…、…ん?これクッキーか?可愛い瓶だなぁ」

『食べていいよー。貰い物だか…ら…』

「瑠璃?」

『あ、ううん!なんでもない!それにしてもよく入るねぇ…。私もうお腹いっぱい』

「デザートは別腹さ!」

貰い物、だったよね?ふとクッキーの瓶を見つめる。

「あ、やば。下着忘れた。…取りに帰らなきゃ」

バイクのメットを手に取り、玄関に向かう世良さんを追いかける。
扉を開けると雨が降っていた。さっきまで降ってなかったのに…。

『うわぁ…すごい雨…。大丈夫?』

「大丈夫さ!そんな大した距離でもないし!待ってて」

『気を付けてね』

ブルル、と音がしてすぐに見えなくなる。相変わらず勇ましい。
…にしても、酷い雨。なんだろう。ザワザワと頭の中が揺れるような…。
気のせいか、と思い直しリビングに戻る。世良さんが返ってくる前に洗い物済ましちゃおう。

ふと、先程の瓶が目に入った。

こんな可愛いクッキー、誰から貰ったんだっけ?

瓶を手に取ると、ひやりとしたガラスの感触が手に沁みた。
また、だ。
雨を見たときのように、ザワザワとした感触が蘇る。
貰ったことを思い出そうとしても、なにかがつっかえて思い出せない。
ずきん、と頭に痛みがはしった。

…そうだ。この家で目が覚めた時も、同じように頭が痛んで…。
何か、大事なことを忘れてるような…。

ふるふると頭を振る。得体のしれない不安感が身体に纏わりついた。
これのせいかな…。瓶を持ち、ゴミ箱に向かう。

捨ててしまおう…。
ゴミ箱に入れようとすると、ふと、中にまだクッキーが残っていることに気付いた。
とりつかれたように、そのクッキーを取り出す。

…ま、もったいないし、食べるか…。
ぎゅっと小瓶を握りしめ、クッキーを口に運ぶ。

さく、と口の中でクッキーが砕け、丁度いい甘さが口に広がる。

『…おいし…っ!?』

ずきん、と再びはしる頭痛。いや、頭痛というより衝撃に近かった。
頭をハンマーで思い切り殴られたような感覚。

『…っ…あ…っ!?』

(僕からのプレゼントです。勉強頑張ってらっしゃるので…)

誰?何?誰かが耳元で、いや、頭の中でなにか言っている?

(寒いんですか?…震えてます)

そうだ、あの時もこんな風に酷い雨で…。

(そんなに緊張しなくても…。襲ったりしませんよ)

…あの時?あの時っていつだっけ…。この頭の中に流れてくる記憶は…何?

(…いってらっしゃい)

あなたは…誰?どうしてそんな悲しそうな目で私を見るの?

(呼ばないでください…。その名を…)

そう…いつもあなたがめちゃくちゃで、私を振り回して…。私は何度もあなたに心を引き裂かれて…。

(成程…向き合う、なんて言っていたのは全部あの男の入れ知恵ですか)

違うの…。私の気持ちは。いつだって私の本当の気持ちは伝わらなくて…辛くて、悲しくて…。でも、どうしてだろう。私はどうして自分の気持ちを必死に伝えたかったんだろう?「あなた」なんて嫌いだったのに。

(…瑠璃…)

切なそうに、悲しそうに、寂しそうに、私の名を呼ぶ「あなた」って誰だっけ?熱をだしていた、私…。そうだ。私、寝てたんだ…。傍に誰かいたような…?

雨が降っていたんだ…。煩くて、嫌だった…。私の、そして「あなた」の心の叫びみたいな、雨…。頭が痛い。思い出せない。「あなた」に伝えなきゃ。…何を?分からない、けど…。でも…ひとりぼっちだった私の傍にいてくれた…。「あなた」だって、私と同じ孤独で…だから、私はあなたのことを。

心の叫びが、整理する間もなく溢れだした。
未完成な考えが涙となって垂れ流しになる。
いつのまにか、私は雨の中、ある場所にむかっていた。
雨が体に沁みた。裸足の足が痛んだ。でもその感覚はなかった。
どくんどくん、と蘇る。あなたの手も、あなたの優しさも、あなたの体温も、あなたの心も、あなたの鼓動も…。

…いかなくちゃ。

雨が降る。あなたの心と私の心をうつす雨。
頭は相変わらずずきんずきんと痛んでいた。身体を滴る水は、雨だろうか、涙だろうか。

考えるよりも先に、足が私をあの場所へ運ぶ。
ぽつりと佇み、私と同じ孤独な、「あなた」の元へ。


140810

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ