安室狂愛
□「あなた」
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「瑠璃!今日は瑠璃ん家に泊まってもいいか?」
安室の告白の日から、一週間目の帰り道、世良は満面の笑みで瑠璃に言った。
『え?いいけど…』
「じゃ、決まりだな!」
世良は隣を歩く小さな視線に気づいた。
「なんだよ、コナン君?羨ましいのか?残念だけど女の花園に男子は入れないぞー?」
いひひ、と笑う世良にジトッとした目を向けるコナン。
「そんなんじゃねーよ…」
「大丈夫だって!最後の最後まで気を抜かないのが探偵、だろ?」
ぱちん、とウインクをする世良を不思議そうに瑠璃は見つめる。
『ね、何の話?』
「秘密!じゃ、着替えて準備したら瑠璃ん家行くから、待っててくれよな!」
『分かった。じゃ、また後でね〜』
ひらひらと手を振り、去る世良さんの後姿を見送る。
「瑠璃姉ちゃん、なにか、変わったことない?」
『え?』
世良さんが去った後、心配そうに見つめるコナン君に視線を合わせる。
『変わったこと?…別にないけどなぁ』
最初の方はぼやっとしていた頭も、日に日にすっきりしていったし、頭痛も消えた。どうしてコナン君はそんなこと…
「そっか!なら良かった!じゃあボクこっちだから!」
『あ、うん!ばいばい、コナン君!』
家路につき、部屋で過ごしているとぴんぽん、と音がする。ドアを開けると満面の笑みで立つ世良さんの姿。
二人で騒ぎながら夕飯を済ませ、楽しく雑談しているうちに夜が少しずつ深まっていく。
「…あっははは…、…ん?これクッキーか?可愛い瓶だなぁ」
『食べていいよー。貰い物だか…ら…』
「瑠璃?」
『あ、ううん!なんでもない!それにしてもよく入るねぇ…。私もうお腹いっぱい』
「デザートは別腹さ!」
貰い物、だったよね?ふとクッキーの瓶を見つめる。
「あ、やば。下着忘れた。…取りに帰らなきゃ」
バイクのメットを手に取り、玄関に向かう世良さんを追いかける。
扉を開けると雨が降っていた。さっきまで降ってなかったのに…。
『うわぁ…すごい雨…。大丈夫?』
「大丈夫さ!そんな大した距離でもないし!待ってて」
『気を付けてね』
ブルル、と音がしてすぐに見えなくなる。相変わらず勇ましい。
…にしても、酷い雨。なんだろう。ザワザワと頭の中が揺れるような…。
気のせいか、と思い直しリビングに戻る。世良さんが返ってくる前に洗い物済ましちゃおう。
ふと、先程の瓶が目に入った。
こんな可愛いクッキー、誰から貰ったんだっけ?
瓶を手に取ると、ひやりとしたガラスの感触が手に沁みた。
また、だ。
雨を見たときのように、ザワザワとした感触が蘇る。
貰ったことを思い出そうとしても、なにかがつっかえて思い出せない。
ずきん、と頭に痛みがはしった。
…そうだ。この家で目が覚めた時も、同じように頭が痛んで…。
何か、大事なことを忘れてるような…。
ふるふると頭を振る。得体のしれない不安感が身体に纏わりついた。
これのせいかな…。瓶を持ち、ゴミ箱に向かう。
捨ててしまおう…。
ゴミ箱に入れようとすると、ふと、中にまだクッキーが残っていることに気付いた。
とりつかれたように、そのクッキーを取り出す。
…ま、もったいないし、食べるか…。
ぎゅっと小瓶を握りしめ、クッキーを口に運ぶ。
さく、と口の中でクッキーが砕け、丁度いい甘さが口に広がる。
『…おいし…っ!?』
ずきん、と再びはしる頭痛。いや、頭痛というより衝撃に近かった。
頭をハンマーで思い切り殴られたような感覚。
『…っ…あ…っ!?』
(僕からのプレゼントです。勉強頑張ってらっしゃるので…)
誰?何?誰かが耳元で、いや、頭の中でなにか言っている?
(寒いんですか?…震えてます)
そうだ、あの時もこんな風に酷い雨で…。
(そんなに緊張しなくても…。襲ったりしませんよ)
…あの時?あの時っていつだっけ…。この頭の中に流れてくる記憶は…何?
(…いってらっしゃい)
あなたは…誰?どうしてそんな悲しそうな目で私を見るの?
(呼ばないでください…。その名を…)
そう…いつもあなたがめちゃくちゃで、私を振り回して…。私は何度もあなたに心を引き裂かれて…。
(成程…向き合う、なんて言っていたのは全部あの男の入れ知恵ですか)
違うの…。私の気持ちは。いつだって私の本当の気持ちは伝わらなくて…辛くて、悲しくて…。でも、どうしてだろう。私はどうして自分の気持ちを必死に伝えたかったんだろう?「あなた」なんて嫌いだったのに。
(…瑠璃…)
切なそうに、悲しそうに、寂しそうに、私の名を呼ぶ「あなた」って誰だっけ?熱をだしていた、私…。そうだ。私、寝てたんだ…。傍に誰かいたような…?
雨が降っていたんだ…。煩くて、嫌だった…。私の、そして「あなた」の心の叫びみたいな、雨…。頭が痛い。思い出せない。「あなた」に伝えなきゃ。…何を?分からない、けど…。でも…ひとりぼっちだった私の傍にいてくれた…。「あなた」だって、私と同じ孤独で…だから、私はあなたのことを。
心の叫びが、整理する間もなく溢れだした。
未完成な考えが涙となって垂れ流しになる。
いつのまにか、私は雨の中、ある場所にむかっていた。
雨が体に沁みた。裸足の足が痛んだ。でもその感覚はなかった。
どくんどくん、と蘇る。あなたの手も、あなたの優しさも、あなたの体温も、あなたの心も、あなたの鼓動も…。
…いかなくちゃ。
雨が降る。あなたの心と私の心をうつす雨。
頭は相変わらずずきんずきんと痛んでいた。身体を滴る水は、雨だろうか、涙だろうか。
考えるよりも先に、足が私をあの場所へ運ぶ。
ぽつりと佇み、私と同じ孤独な、「あなた」の元へ。
140810