安室狂愛

□狂おしいほどに
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降り続く、やまない雨。
二人の間に、交わるように、避けるように。





心臓の音が、耳元で聞こえる。
自分のものじゃない。温かいあなたの体温を感じる。
この温もりだ…。
ぎゅう、とあなたにしがみつく。


「…どうして……君は」

上から降ってくる、寂しそうな、切りつめられたような、切実な声。
そんな声で話さないで、と顔を上げる。

「手を…やっと手を離したのに…どうして」

そっと手を腕にやり、身体を離そうとするが、離れたくないとあなたの背中に手をまわして強く抱きつく。

『……安室さん…っ』

雨が降り続く。雨の音が響く。
あなたに視線を合わせると、その瞳にはきちんと私がうつっていた。

「よく聞いて…僕は…僕は君を傷つけるだけだ…君の傍にいて…君を幸せになんてできない…だから、僕のことなんて忘れて…君は幸せに…」

ふるふると首を横に振り、まっすぐあなたを見据える。

『君、じゃなくて…名前で呼んで…っ』

安室さんの瞳が一瞬、揺れた。

「……瑠璃…っ」

苦しそうに私の名前を呼んだあと、ぎゅっと腰に手を回され抱きしめられた。
私も何度も安室さん、と名前を呼びあなたに抱きつく。

雨の音だけが鳴り響いた。
…言わなくちゃ。
手の力を緩め、もう一度あなたの顔を見る。

『安室さん、私は…』

そう、私は逃げていたの。きっと最初、ポアロで出会った時からずっと…安室さんのこと、好きだったのに…。
好きになるのが怖くて、愛してしまうのが、あなたに入り込んでしまうのが怖くて…いつの間にか私は自分の気持ちを、自分でも分からないくらい封じ込めてしまって…

だからいつも…私は本当の気持ちと、それを抑え込む上辺の気持ちに心と身体を引き裂かれた…。

『…私は』

臆病で、何も感じないように…自分の気持ちを、心の叫びを見なくて済むように…逃げて、逃げて、逃げて…。

そのせいで…あなたを傷つけ、あなたのせいにして…あなたを失うところだった。

だからちゃんと…言わなくちゃ。

臆病な自分に、お別れしなくちゃ。

『私は…あなたのことが』

大切な言葉を。あなたの目を見て、私の言葉で言わなくちゃ。

例え間違いでも、すべてが壊れてしまっても、それで自分が傷ついても、自分の気持ちを…伝えなきゃ。

『あなたのことが……っ』

「瑠璃!!!」

口に出そうとした言葉は、唐突に呼ばれた自分の名前に遮られた。

『…世良さん…?それに…コナン君も』

「お前!!今日という今日は…ッ!!」

一直線にこちらに、いや安室さんを睨みつけ、安室さんに向かって走ってくる世良さん。

安室さんは動こうとしなかった。世良さんが拳を思いっきり後ろに引くのが一瞬見えた。…駄目!心より先に身体が動く。拳が安室さんに伸びる。反射的に私は一歩、安室さんの前に立ちはだかる。

びく、と一瞬世良さんの瞳に私がうつった。だけどもう、拳の勢いは止まらずに、自分の身体に強く打ち込まれた。

痛い、という感覚は殆ど感じなかった。ぷつんと糸が切れた人形のように身体に力が入らなくなった。

私を覗き込む、世良さんの顔と、…あなたの顔。
そんな悲しい顔で、寂しい顔で…私を見つめないで…。あなたには…笑っていてほしいの…。

あなたに触れようと中途半端に上がった手は、力なくその場に落ちた。














『………ん…』

暗い、黒色に染まる部屋。あなたの匂いがする。此処は…。
安心する匂い、と、懐かしいあなたのベッド。
安室さんの部屋か…少しだけ安堵する。


「瑠璃!」

大好きなあなたに名前を呼ばれ、そっと視線を横にやる。あなたはマンションの下で会った時と同じ濡れたままの恰好でそこに立っていた。

『あむ…ろさん…。着替えないと…風邪…ひいちゃう』

そっと手を伸ばしてあなたの頬に触れる。冷たいあなたの頬。目が覚めるまでずっと傍にいてくれたのだろうか。

「瑠璃が…心配でそんなことをする余裕もなかったよ…」

暗闇の中、一瞬あなたの瞳が光って見えたのは気のせいだろうか。

『泣かないで…笑って…?』

そっと涙が頬を伝うのを感じながら笑みを浮かべた。

「泣いてるのは瑠璃、君の方でしょう…」

そう言って、安室さんも静かに笑みを浮かべた。

その笑顔がずっと見たかったの…。

急に愛しくなって、身体を起こして安室さんの首に手をまわす。

『……好き』

ぽろぽろと溢れ出す涙が止まらない。ぎゅっと腕に力を入れる。

『私…っ!あなたのことが…っ好き…っ!』

安室さんも私の背中に手をやり、強く抱きしめる。

「瑠璃…っ!瑠璃…っ」

ずっと孤独だった…私の魂に寄り添ってくれた…あなた。
私はひとりぼっちだったから。誰かにこうやって…愛を伝える手段を知らなかった。
たった二文字、あなたに伝えるだけで良かったのに。
自分の気持ちを素直に正直に伝えるだけで良かったのに。
それを知らないばっかりに…あなたも、周りもみんな傷つけて…自分の本当の気持ちさえ、無くしてしまうところだった。

そっと身体が離れた。あなたの視線が私を見据える。いつもどこか寂しそうで、ひとりぼっちだった瞳。この瞳に私は惹かれたんだ。…私と似ていたから。あなたも私と同じように…孤独だったから。
だからきっとあなたも…愛を伝える手段が分からなくて……。
そうでしょう?
にっこりと笑みを浮かべると、一瞬驚いたような顔をしてからふっと優しい笑みが返ってくる。

顔がゆっくりと近づいてくる。そっと目を閉じあなたを受け入れる。
心が燃えるように熱かった。誰かを想う気持ちが心地よく、回した手に更に力が入った。
もう、自分の気持ちを偽ることはない。
心のままに、あなたを求め、あなたを感じたい。

あなたが…愛しい。
伝えるのが、素直になるのが怖かった。
だけどもう迷わない。あなたが愛しい…あなたが恋しい…。

私は何度も口づけを求めた。あなたも何度も私を求めた。…狂おしいほどに。

満月がふたりを包み込んでいた。それはこの上ない幸せを祝福しているようだった。



140815

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