安室狂愛

□冬の灯
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「それでさぁ、その男の人がガツーンとこう、きそうになった時に蘭の空手が炸裂して…」


『相変わらず蘭は空手の猛者だよねぇ…ライオンとかなら片手で倒せるんじゃないの?』


「失礼ねぇ!流石にライオンは無理よ!だってライオンよ?!ライオン!」


「そーか?ボクならなんとか倒せるような気がするけどな」


『真純こそ倒せるでしょ…あ』


いつもの学校終わり、帰宅途中に前を通るポアロ。
いつも通りその店の中をのぞくと、お客さんと談笑している透の姿。私の視線に気が付いたのか、ふと顔を上げて私に手を振ってくる。


「…良かったな、瑠璃」


『へ?何が?真純』


「ラブラブなんだろ?あの安室って人と」


『ら、ラブラブって…ッ!』


動揺したものの、間違いなくラブラブではあるのだが思わず頬が赤く染まってしまう。
蘭も良かったね、と言わんばかりの羨望の瞳でこちらを見つめてくるのだが、園子は一人、悪い顔をしていた。


「でもさぁ、瑠璃、不安にならないの?」


『?何が?』


「そりゃあ勿論浮気とか不倫とか!だってあのイケメンよ?話も上手いし、安室さんに会いに来てるお客さんだっているんでしょ?探偵もやってるわけだし…」


『う…そりゃまぁ…』


つい少し前にあった浮気騒動(私の勘違いだった訳だが)を思い出してどきっとする。あの一件で仲直りしたのもあって、なるべくそういうことは見ないふりをしてきたが気にならない訳では無いのだ。

園子の言う通り、透はイケメンで話も上手い。ポアロを覗くと女性の人とお喋りしているのを見かけることも多い。相手はお客さん、というのも分かってはいるのだが…。


「わ、ちょ、今安室さんと話している人美人じゃない?」


「ホントだ…なんだかスラってしててモデルみたいね」


目をやると、確かに綺麗な大人の女性が透と話しているのが目に入る。
それに比べて私は?…背も低いし、なんたって透とは歳が離れすぎているというか…子どもっぽいのも分かってるけど。


「ちょ、瑠璃?どうしたんだよ?」


『…不安になってきた』


「もう!園子があんなこと言うから…」


「あんなことって…事実でしょ?」


『ううん、園子のせいじゃないの…実は前から気にはなっていたんだけど。……なんだか、すんごく不安になってきた』


「じゃ、じゃあさ、今からポアロに行く?とりあえず!ね?安室さんと話したら不安もなくなるかもしれないし?ね?」


蘭に背中を押され、半ば強引にポアロに入店する。からんころん、と音を立ててドアが開かれると愛しい恋人と目が合ったのに、思わず逸らしてしまった。


「いらっしゃいませ。4人ですか?」


「は、はい!ちょっとお腹すいちゃって」


「好きな席にどうぞ!良かったら僕特製のサンドイッチを振る舞いますから。あ、瑠璃」


『ん、ん?』


邪な気持ちで入店してしまったことに多少の罪悪感を覚えながら透と顔を合わせる。どうしたんだい、と瞳で優しく問いかけてくるその鋭さが嬉しくもあり、罪悪感もあり、同時にこの人には敵わない、と思い知らされる瞬間でもあった。


「何もないならいいけど…。何か元気無いように感じたから。学校お疲れさま」


ぽんぽん、と触れる程度に頭を撫でられ、一気に身体の中で歓びが駆け回るのが分かった。ずるい。透はずるい。そんな風に優しくされたら何も言えなくなっちゃうじゃんか――。


「瑠璃!早くおいでよー!」


『あ、うん…』


「なーんだ、ちゃんとラブラブなんじゃない!もう、妬けちゃうわねぇ。周りの客の視線がちょぉっと怖かったけど…」


「園子君の彼氏も有名人なんだろ?視線が痛い時とか無いのか?」


「うーん…まぁファンが気になる時はたまにあるわね…でもまぁその時はサインだけよ!!って大きな声で言ったりとか…」


3人が談笑しているのを軽く聞き流しながら、ぼんやりと透のことを目で追ってみる。
というより意識せずとも勝手に目が透のことを見てしまうのだから仕方ない。
仕事もできる。人当たりもいいし、嫌味じゃないし、優しいし。
梓さんとか透のことどう思ってるんだろう?さりげなく重い食器を持っていく透に笑顔をむける梓さんを見つめる。

梓さんはこうして働いてる間、ずっと透と居れる訳だよね。なんだかちょっと…妬けちゃうなぁ。
あ、あの美人なお客さんのところに透が行った…楽しそうに話してる。何話してるのかな。気になる。その向かいに座ってる女の子もなんだか嬉しそうだなぁ…。隣のテーブルの女の子二人組も透のこと見てる…多分次話しかけるだろうな。…何の話するんだろう。


『あー…ふぅ』


「おっきい溜息だなぁ…。幸せ逃げちゃうぞ?」


『うんん…だよねぇ…』


…ダメ。一度気になり始めたらもう止まらない。こんなこと見るためにポアロに入った訳じゃ無いのに。こんなこと考えるんならそもそも入らなければ良かった。あーでもどっちにしろ入らなくたって、現実はこう起こってる訳だし。…見ないようにしているだけで。

だけどやっぱり透の姿はカッコいいし素敵だし、そこに透がいるだけで好きだなぁって思ってしまう。ああもうヤダ。堂々巡りを繰り返すばっかりで重苦しい、何かばかりが喉の奥に突っかかってくる。


「…大丈夫?」


『うん?あ、…ん。ごめん、私先に帰るね。せっかく座ったんだし3人はゆっくりしといて。本当にごめんね』


「大丈夫なのか?家まで送るよ?」


『ん、大丈夫。ちょっと…ひとりで帰りたい気分だから』


「そう?…何かあったら連絡してきてね。瑠璃はいっつもひとりで抱え込むから」


『ありがと、蘭。じゃあまた学校でね』


席を立ってドアに向かおうとすると、結局美人のテーブルの隣の二人組の女の子たちと話してる透の姿。話を遮るのも悪いだろう。一声かけたかったがその後ろを通り過ぎて店を出ていく。

もう、行くんじゃ無かったかな。
押し殺そうとしたけど、店を出た瞬間、再び大きなため息を吐いてしまった。






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