部屋
□超短編
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lily
『神様どうかお助けを
やっぱり私は私じゃない!』
ホームルームの終了を知らせるチャイムに、マザー・グースの歌集を閉じて静かに息を吐く。
ある日寝ていた時、悪戯されて自分が判らなくなった女性。
自分は自分だと思いたいのに、誰も認めてくれなくて。
──…やっぱり私は私じゃない
…それならば、自分は一体何を悪戯されたんだろうか。
最近頭の中がぐるぐるして。
そう、それこそ自分が自分じゃないみたいな。
憎らしい程明るい声の教室。
心中盛大な溜め息を吐いて、その先の元凶を見遣る。
同じクラスの彼女。
自分への悪戯の内容がもし“告白するきっかけ作り”とかだったら。
なんて迷惑なことをしてくれたんだ、と。
普段は微塵も信じていない神様とやらに八つ当たりしたい。
そんな気分だ。
ああだって、
気付きさえしなければ、告げなければ。
きっといつも通りに接する事が出来たのに。
その自信はあるのに。
でも今更“いつも通り”なんて不可能で。
──…私は私じゃない
その通りだ。
もう自分自身何を考えてるのか判らない。
考えても意味がない。
もし、
なんて幻想は見飽きた。
「…じゃあ、また明日ね」
言って彼女と別れる。
明日の朝には
「おはよう」
なんて、変わり映えのしない挨拶を交わすのだろうな、とか頭の片隅でぼんやり考えながら。
傍から見たら変わらない会話。
普通窮まりない、それ。
だけどそのせいか、彼女が何を考えてるのか判らなくて。
冷静になればそれは当たり前の事なのだが、自分が、いや、自分が告白したと云う事実までが判らなくなりそうな程の態度に眩暈がする。
神様どうかお助けを。
どこか、ぎこちない空気。
自分が勝手にそう感じているだけなのかも知れないけれど。
…こんなの、望んでいない。
「…………ごめん」
聞こえませんように。
都合の良い。
神様に願いながら小さく唇を動かす。
「ばいばい」
気付いた様子は、ない。
だけど、心なしか少し弾んだ声音で。
ひらひらと手を振って教室をでる彼女はいつも通り。
その事に安堵しながらも、若干落ち込む自分がいて。
笑顔に、
視線に、
言葉に、
一喜一憂する自分がおかしいのかも知れない。
でもどうする事も出来なくて。
「ばいばい」
何て言えない。
言わない。
精一杯の虚勢。
言ったら、全てが崩れていきそうで。
頭が、
「………ごめん」
おかしくなりそうだ。
一方通行の想いは既に溢れかえっていて。
けれど彼女がそれに気付く事はない。
いつまでも彼女には
届かない、
伝わらない、
「………ごめん」
きっと、一生。
神様どうかお助けを
やっぱり私は
私じゃない。
fin