部屋

□超短編
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rose



「あれ、お前って犬とか飼ってるっけか?」

指先の痕。
それを見た友人の問いに、ふと苦笑を浮かべて。
玄関の開く音。
近づく足音。

「今帰った」

しかしてやっと仕事から帰ってきた恋人を横目で見遣り、友人に。

「うん」

つと笑みを称えて答える。

「かなり甘えたがりの大型犬を一匹…ね」





この恋人を名前で呼ぶと喜ぶ事を知ったのはずっと前。

意外にも指通りの良い髪を撫でると擦り寄ってくる事に気付いたのはもっと前。

だけど。

「なあ、」

「ん……」

この恋人に意外な性癖がある事に気付いたのは、最近の事。

「んっ……なに…?」

見つめてくる瞳に苦笑しながら、口づけられたその形良い唇から自身の指を離す。
途端に不満そうに声を零す彼に微笑んで。

「来て、ください」

それは、合図。

「ん…」

ネクタイを外し、ゆったりとソファに身を預けると、彼はふっと笑って膝を跨ぐように乗り上げてきて。

「貴方は」

至福の時、と云わんばかりに肩口に唇を近付けるその頭を撫ぜて。
うっとりと眼を細める空気。
そして

「っ……」

僅かな痛み。

「本当に貴方は、ぼくを噛むのが好きなんですね」

最近知った恋人の性癖。

「……痛いか?」

「いいえ?」

少しだけ不安そうな顔をして噛んでは、ぼくの答えに安心してまた噛む。
安堵でも不安でも、
彼は何かとぼくの肌を噛む。


仕事が終わった後には、気づかれないよう指先を。

家では肩を。

情事の最中には、内股や首筋に。


数えきれない程の痕を残して。
だけれどもそれが、彼なりの愛情表現だと判っているから。

「すきだ」

云って、肩にがぶりと歯を立てる貴方に。

「仕返し」

つと、そのうなじに歯を立てる。
途端にぴくりと撥ねて顔を真っ赤に染める彼が可愛らしいと思う。


だから。


「ねえ、」


髪を撫でる。
擦り寄ってくる彼に、口付けを落として。





ぼくの体に、


消えないように、


貴方の痕を残せばいい。





不安も



安堵も





全てぼくに刻み込んで。





恋人の性癖を知ったのは、つい最近の事。

その表現に感じた愛おしさを知ったのは、もうずっと前。


「犬みたいです」


大型犬みたいに。
従順な彼が安心するならば。
それが彼の表現方法なら。


「いや、か…?」

「まさか」


ぼくに、もっと貴方の。
貴方にも、ぼくの。



消えないほどの、


痕が残ればいい。




fin
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