片想い

□アストロノーツ
1ページ/10ページ



「ごめんね!おつかれ!」

PM17:20
いつもより早く仕事が終わり、斉藤さんはというと彼氏と約束があるのだと飛び出して出て行った。
通常、定時は17:00なのだがいつもサービス残業でペットボトル等の飲料系の補充、ダンボール商品の開封、商品の発注などで結局帰る時間帯は18:00を過ぎてしまう。
今日はたまたま3人体制で仕事も滞ることなく終わり、定時よりは少し過ぎたもののいつもよりもずっと早く解放されたのだ。

「お疲れっした。」
藤島さんが眠そうに目を擦りながらバックルームを出ていく姿が見えた。
「お疲れ様でした。」
背中に返すと左手を挙げてその姿は扉の向こうへ消えた。

バックルームには僕ひとりが残されていた。

夕方の6時に迎えに来るから店内で待っててね?

また、太宰さんが脳裏を掠める。
今日はもう、嫌というほど彼のことを思い出した。
嫌だと思いながらも胸をギュッと掴まれるような感覚に落ちた。
それは、どことなく幸福感に似ていてでも、それではないと自分に言い聞かせた。


太宰さんが来るまで後約40分。
今日はもう待たずに帰ってしまおうかと思う反面、またマフィアに絡まれるのも怖いし僕の身を案じてくれている太宰さんの気持ちを蔑ろにするのも申し訳なく思っていた。

太宰さんの優しい微笑みがまた脳裏を掠めた。

「あぁ〜好きだなぁ〜うぅ〜!」
背伸びをしながらその顔を消し去ろうとなんとなく言ってみた言葉は思いのほか心を軽くさせた。
意外と単純だった。
好きと言葉にするだけで欝な気持ちが紛れていった。


思い切って僕の方から会いに行ってしまおうか。

「好き」
言葉にすると自然と笑ってしまう。
それと同時に会いたい気持ちが募った。
「好き」
それ以上に思い浮かぶ言葉がなくてただひたすらに言葉にした。
「……好き!」
胸の高揚感は抑えきれずに、今すぐにでも会いに行こうと鞄を担ぎとそのままバックルームを飛び出した。

「お疲れ様でした!」
レジにいる従業員の返事を待たずに今朝は重く感じたドアを軽く押し開け飛び出した。

そのまま太宰さんの勤め先の探偵社まで走っていこうと思っていた。
軽快なステップで昨日マフィアに絡まれた場所を過ぎようとしたその時。
突如左腕を掴まれ引っ張られた。
されるがままに抱き寄せられ頭が真っ白になる。

「っ?!」
言葉は出せなかった。
ただ、その代わりに目の端に映った見覚えのある黄土色と黒髪が胸を轟かせた。

「約束したでしょ〜?」
拗ねた様な声色がまた愛しかった。
体を捻り面と向き合い改めてその顔を覗き込んだ。
その顔は不敵そうに笑っていた。

「太宰さん〜!」
仕返しとばかりに思い切り抱きしめ返す。
胸板に思いきり顔を埋め、息を吸い込んだ。
太宰さんの鼓動の音。
女性ものであろう少しキツい香水の香り。
なんとなく予想はしていたのだがやはり、女性癖は悪いのだろう。

「名無しさんちゃん?」
困惑したような声色が頭上から聞こえる。
「僕、気づいたんです!今はただ、僕は太宰さんのことが好きです。それだけでいいんです!」
そのままの体勢で吐くように言い切った。
「僕、太宰さんのこと、ほんとに大好きです」
見上げた先にはやっぱり少し困ったようなけれども微笑んでいる太宰さんがいた。

「うん、それはとても嬉しいよ。」
けど、と太宰さんは続ける。
「待って言わないで……お願いだから今はまだ……」
慌てて手のひらを太宰さんの口元を抑えた。
なんと言われるのかは簡単に予想できていたのだ。
女性だったらね
と続けるのだろう。
「太宰さんが女性が好きなことくらいわかってるよ寧ろそれが当たり前なんだしそれ以上はないよ。ただ僕が太宰さんのことが好きなのも太宰さんが女性に対して思うそれと同じことだから聞き流してくれてもいいから取り敢えず言わせて好きです」
聞き流してくれてもいいなど正直これっぽっちも思っていないのだがただ、好きだと言わせては欲しかった。

「うん、別にそれはいいんだけど、私18時まで店内で待っててって言ったよね?」
「べっ別にって……いや確かに別にどうでもいいことかもしれないけどっ……」
否、違う言うべきことはそこではなくて。
太宰さんは無表情で僕の両肩を掴んだ。

「今日は、私がたまたま早く来ていたから良かったけど。名無しさんちゃんは今はできる限り一人で行動するべきじゃない。訳は、わかるよね?」
真っ直ぐにこちらを見つめながら言うものだから思わず視線を逸らし、「はい」とだけ答えた。
太宰さんは小さく溜め息を吐くと僕の右手を強く掴んだ。

「まずは探偵社に来てもらえるかな?昨日の話の続きをしたいんだ」
太宰さんはまた、いつものように笑っていた。

安心してまた同じように「はい」と返しそのまま腕を引かれ歩いた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ