短編
□私のこともちゃんと見て
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「ちょっ、名前!危ないから歩き回るな
床には委員会で使う道具とか材料とかが置いてあるんだ…」
「踏んで壊したら許さない」なんて私を抱き締めて耳元で囁くハチから顔を離し、頬をひっぱたく
「いっ…何すんだよ、って名前?何か怒ってる…?」
「いや?怒ってなんかないけど?」
「嘘だ。だって顔は笑ってるけど眼が笑ってねぇし」
「じゃあ何で私が怒ってるか分かる?」
そう問いかけると腕を組んで考え始めたハチだが「…分かんねぇ」と言って私を見た
それにまた腹が立ってハチの頬を叩く
「ねぇハチ、本当に分かんないわけ?」
叩く度に「いっ…あうっ!」と漏れる声が何処か嬉しそうに聞こえる
「っはぁ…わっかんねぇよ…てか、折角殴るんならさ、骨とか臓器の上とかもっと痛みの響く場所を所望いたす」
情けない顔したと思ったらキリッとした表情で殴れと言ってくるハチ。だからその望み通りに臓器の上、腹部を殴ってやる
「ってぇ!けど、いい!!」
腹を抑えながら嬉しそうに言うハチの頭に軽く手刀を落とす
「うっ、ってあれ、全然痛くない…名前?」
「…もう、いい。ハチなんか知らない」
生き物が好きで大切にしてるのは知ってる。それを分かった上で私はハチと恋仲になった。だから私より生き物達を優先するのは仕方ないと思ってる。でも…それでも、少しは構ってくれたって…
頬を伝う涙を見せないように下を向き、床に散らばる道具や材料に気を付けながらハチの部屋を出ていこうと襖に手を伸ばす
「まっ、待てって!何処行くんだよ」
左手首を掴まれ襖に手を掛けようとした右手が止まる
「…泣いて、るのか?なんで名前、泣いてんだよ…」
「泣いて、ないし…」
「ほ、ほら、もっと殴っていいからさ、な?」
眉を八の字にして覗き込んでくるハチから顔を反らすと「あ、そうだ…」と言って掴んでいる手首を引いて私を抱き締めた
それに驚いてハチを見上げると唇に柔らかい感触
掴んでいた右手はいつの間にか腰に回され、空いていた左手は後頭部を支えていた
「ん、ふっ…」
「んんっ…!」
閉じられていなかった唇の隙間に舌を差し込み私の舌と絡める。突然のことに思考が追い付かない
「…あれ、舌、噛まれるくらいは覚悟してたんだけど…
ま、いっか。泣き止んだみたいだし」
「……」
呟いてニカッと笑うハチの腹に私は無言でグーパンをお見舞いする
確かに、確かに涙は止まった。お前からの濃厚な口付けで涙所か思考も止まったわバカヤロー
「ってぇ〜!名前っ、お前、本気で殴ったろ!!」
「嬉しかったくせに!」
「あぁ!!嬉しかった!!」
肯定かよ!!別にいいけど!!
はぁ…ま、今回はさっきのに免じて許してやろうか
「ハチのばぁーか!」
腹を抑えて踞るハチを自然と緩んだ顔で見下ろして、私はくのたま長屋へと駆けていった
2015.12.11 修正