隣の人魚たち
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「ちょいと、ごめんよ!キッドかボウイを貸しとくれ!タチの悪い客なんだようっ」
大声でわめきながら90キロオーバーのお見事な体を揺すって、ミス・ルディはウチの店に飛び込んできた。
ウチの店、、、ソドム側の俺たちの住まいの事だ。J9 は表向き飲み屋を営業している。お町が女主人を買って出たので、ナカナカ繁盛する。
「ボウイはいないぜ!俺でいいかい?」
「ああ、ああ!もちろん!あんたの方が安心さキッド。頼むよ!」
俺はお手製のギターをお町に預け、通り一本向こうにあるルディが商っている娼館へ走った。ミス・ルディがずっと後ろを息を切らせて付いてくる。
所で、、、俺たちの店の名は『ポヨン』と言う。
かわいそうに、あの可愛い奴はもういない。アースガルスの水が会わなかったのだろうか。北極からここへ移った頃、アイザックにも判らない何かの病気で死んじまった。お気楽にフライバイしてきた俺たちに、異郷の地で体を壊す事の恐ろしさを、、、身をもって教えてくれた。
角を曲がると、喧嘩騒ぎで人だかりが出来ているのが目に入る。
「ちょっと通してくれ!」
人をかきわけ『シルバー・マーメイド』の玄関ホールに飛び込むと、すでに十人強がダンゴ状態で喧嘩を繰り広げていた。
「あぁんキッド〜!来てくれたのねっ。早く何とかしてよぅ。ほとんどやじ馬の飛び入りなのよお」
銀ラメの胸当てに、透けるような薄い布を、腰から足首まで巻き付けた女の子が俺の側へ来てすがりつく。言われてみれば銀色の人魚に見えなくもないが、どっちかっていうとエキゾチックなアラブ風か。
こういう混乱状態の時はボウイが居てくれれば、奴が一声「STOP !」と怒鳴るだけでかなり効果があるが、生憎、俺の声はこういう場所ではアイツ程は通らない。それに、俺は店に戻ってからもう少し歌いたい。今夜はポヨンの他にもうニ、三軒回る予定もあってそれなりに稼いだりする。できれば喉は大事にしときたい。
子供の悪戯みたいだが、これでいこう。バクチクにニ、三十発も火をつけ、喧嘩騒ぎの真ん中にほうり込んでやる。パパパパパッと弾け出すと、途端に連中は仰天してダンスを踊り出した。取り巻いて見ていた奴等がドッと笑いこけ、口笛やら拍手やらが飛び交う。バクチクの勢いが尽きる頃を見計らってブラスターをちらつかせながら前へ。
「さあ!それまでにしときな!喧嘩の原因に関係のない連中はとっとと出ていかないと、壊したモンぜんぶ弁償させるぜ!」
今度は俺に向かってやじ馬がチャチャを入れる。
「かっこいいわよぅ」
「ひょ〜♪今夜もイカしてるぞぉキッド!」
俺とボウイはソドムのこの辺りじゃすっかり有名人だ。ここの住人たちは俺たちの事を『ポヨン』の用心棒の居候と思ってる。
表向きの俺の本業はギターと、ちよっとは歌も。で、ボウイは当然レーサーって事になってる。と言っても、ギャンブルの草レースなのだが、中にはボウイがマジに意識するような速い奴もいて、当のボウイも水を得た魚のようにあちこちで荒稼ぎをやっている。ここではきっちり公平なレギュレーションもない代わりにマシンメーカーやスポンサーの思惑もない。コネクションなんて大きな組織でJ9 をつけ狙う者もない。乗り手とマシンさえあれば多少あやしい奴だってスタートに並べるから、ボウイにしてみりゃフライバイしてきて大正解だった訳だ。
そうそう、俺にしたって同じ事が言えて、こっちに来て落ち着いてからハタと気がついてみれば、俺はお尋ね者の身分から解放されていたのだ。「この星って地球正規軍がない、、?!」と、当たり前な事に思い当たった時は思わず大爆笑したっけ。
裏では相変わらずの仕事をこなす、言ってみれば仮面を被った二重生活ではあっても、こうしてこのメンバーのままで一軒の家に住み、隣近所と付き合える暮らしが出来るようになったのは、俺のその問題が自然消滅した事が大きな理由だったりする。
そうして普段ひまな時には、今みたいにあちこちから頼まれてもめごと収拾に首を突っ込む。ささやかな報酬ありで。つまるところ喧嘩の仲裁をアルバイトにしているわけだ。
この手の用心棒稼業を本業にしている奴もソドムには多い。なんせまだ警察機構が頼りなさすぎるのだ。
このアルバイトから本当の本業に事件がつながる事もタマにあったりするが、当然、俺たちがJ9 である事は誰も知らない。6年前AZ を倒す時に関わった者たち以外には。
「せっかく楽しんでたのによ、アンタの言う事きかないと怖いからなぁ」
ロブだ。こいつはどこの喧嘩にも飛び入りをする。
「店の中でやるから俺が担ぎ出されるんじゃないか!ちっとは大人しくしてろよ」
「よう!キッド。またうまいこと踊らせてくれたじゃん!でも俺、喧嘩の原因なんて知らないぜ?」
こっちはナルキネ族のグエラス。
「わかってるよ。弁償させられんのはあいつらさ」
俺は親指でホールの奥の帳場を指し示した。いつの間に追い付いてきたのか、やり手ばばあで有名なルディが喧嘩を引き起こしたらしい二人の男をひっ捕まえている。騒ぐほどタチが悪そうでもないのはいつもの事。
騒ぎで集まっていたやじ馬たちはバラバラと引き上げて次の楽しみを探しに行った。
自然発生的に復興したソドムの街は、俺が初めて見た時のような淫猥でドロドロに退廃した、虚ろな表情のヤバイ街、、、ではあり得なくなっていた。カラダを売ってでも食ってやると言う意気込みは、AZ に押し込められて絶望していた頃より、ずっと生きることに貪欲で、強い。今のここは猥雑ながらも活気にあふれた明るい色里。はみ出し者の吹きだまりだったウエストJ 区より、ある意味健全かもしれない。
「ところでよ、今日は一人かい?彼氏はどうした?」
「ああ、ボウイはレースだよ。East まで行ってるから七日ぐらい戻らないんじゃない?」
「へえ、七日も一人寝じゃ寂しいだろ?俺が相手しようか」
すぐこれだ。
「遠慮するよ。女以外はボウイだけに決めてんだ」
「あはははっ!言うじゃねえか、妬けるねぇ」
俺とボウイの仲はここじゃ誰でも知っている。俺も一々否定したりしない、ばかりか、こんな風にボウイを盾にしといて、うるさく付きまとう野郎どもから逃げる。J 区に居た時はまず間違いなくぶん殴ってたから、俺も変わったものだ。別に人格が丸くなった訳じゃない。ただ、開き直って認めた方がはるかにカッタルくない事に遅まきながら気が付いただけだ。今ではボウイの事を知ってる奴で真剣に言い寄ってくる奴はいないくらいだ。
まあ、開き直るに当たってはひと悶着あった。そもそも俺がアイツとくっついた初めからお町が知っていたと言うのだから、たまったものではない。お町とボウイをたっぷり気が済むまでつるし上げて、、、それ以降はきっぱり開き直った。それに、、、メイやシンの手前も、もう考えなくてよかったし。
但し!恋人だって言うなら幾らでも認めてやるが、俺の事をボウイの女だと言う奴は見境なくぶちのめしている。それだけはどうあっても譲れない。そおゆうカン違い野郎には、いっぺん見せてやりたいくらいだ。俺に抱かれてる時のちっと切なくて、どっか頼りなげなボウイの顔をね。
「キッド、待たせたね。ほら、はずんどいたよ。一人も殴らずに納めるなんてさすがじゃないか。トラブルがあっても安心っていうのはあたしらみたいなトコじゃ大事な事だからね。すぐに銃をぶっぱなすような用心棒は使えやしない。やっぱりあんたの方が安心だ」
「ん、毎度。、、、ね、それさっきも言ったよね?俺の方がって事は、ボウイの奴、なんかドジでも踏んだわけ?危なっかしいやり方するとか?」
「いや、あの子もきっちりやってくれるけどね。あたしらに迷惑かけた事なんか一度もないけど、、何だか、見ててこっちがビクビクしちまうからさ」
「ああそれ何となくわかるなぁ。俺もいつだったか奴に仲裁に入られたけど、ビビったよあん時は!普段と別人みてぇだもんな!」
グエラスが話に割り込んできた。俺はイマイチわからないが、ボウイの奴がついやり過ぎてJ9 のお仕事用の本気を見せたって事だろうか?だとすりゃ相当の迫力あるだろうけど、それにしてもグエラス相手に?
「別人ってどんな風にさ?」
「なに言ってるんだかこの子は!あれ、でもそういやあ、キッドと二人で片づけてくれる時は大人しくしてるようかねぇ」
何だそりゃ、嫌な感じだな。俺はグエラスを見やって、もう一度、問いの答えを催促した。
「どんな風ってなぁ、、、ウーン、、怒るなよキッド。一瞬だけど俺、マジに殺られっかと思った。いや、ほんの一瞬、、、なんか、ボウイの奴キレちまって俺がわかんねーんじゃねーかって、、、。いや、、うん、やっぱ俺の思い過ごしだよ。ボウイはいいやつだよ」
「いやいや、そういうとこあるよボウイは。あたしなんかもう、あの子一人に任せたときゃ、今にも本当に引き金ひいちまいそうな感じがして、、、だから怖いって言うのさ。普段があの通り明るくてチャカチャカしてるだけにおっかないよ」
なんなんだ、、、どうなってんだ?ボウイの奴、一体何してるんだ?
「ロブは、どう思う?」
俺は恐る恐る、そしてイライラしながら尋ねた。
「わからねえな。ボウイが?そりゃあ、めっぽう強いけどよ、、ちっと想像できねえな」
じゃあら皆が皆そう感じてる訳じゃあないのか。少しほっとしたとき、今度は店の娘が割り込んできた。
「ネエ、それさぁボウイの事だろぅ?」
「何してんだいマリエラ!あらかた片付いたんだから部屋に戻んな!」
「ちょっとだけよう、女将さん。今夜はまだ敵娼きまらないんだもん。ね、ボウイの事、聞きたいんだろう?」
「いいじゃんルディ。ちょっと話させてよ」
ルディおばさんは返事の代わりにニッコリ笑って、俺に手のひらを差し出した。
「ああそおかい!わかったよっ!OK !マリエラ、今夜の相手はこの俺だ!」
「あらん、嬉しい。首突っ込んでみるもんだわね、女将さん」