桜月夜2

□44.薔薇と海
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急に暖かい日が続き、庭の花が一斉に咲き始めた。背の高い女性がその中で深紅の薔薇が優しく風に揺れているのを見つけた。しかし、その薔薇が咲くのを一番楽しみにしていた人は、今この家に居なかった。彼女はそっと薔薇を切ると静かにその場を立ち去った。
郊外にある病院の静かな部屋。白いベットに横たわり、眠るのは、光の加減では暗緑色にも見える茶色の髪をゆるやかにウェーブさせ、透けてしまいそうな白い肌と、緑がかった翡翆のような大きな瞳は長い睫毛に縁どられているのが印象的な女性だ。白い華奢な手はそっと掛けられていたブランケットに添えられている。その姿は彼女をより一層儚げに見せていた。しばらくして、目を覚ましたみちるは今日、何度目かの溜め息をついた。「はぁ。私の体、これからどうなってしまうのかしら…」最近のみちるは倒れたり、微熱が続く事が多かった。本人も周りも過密スケジュールが続いた為の過労ぐらいとしか思っていなかったのだが、病はゆっくりと確実に彼女の体を蝕んでいた。医者からは現在の医学では完治する事はないと告げられている。別に病気の進行が怖い訳じゃない。今まで生きてきた人生にも悔いはなかった。でも、自分が死んでしまったら、いつしか愛する人に忘れられてしまうのではないかという事だけがとても怖かった。そんな重い考えを振りきろうと、外に目を向ける。窓からは穏やかな海岸が見渡せた。それはいつもみちるの不安を取り除いてくれる優しい海だった。心が少しづつ落ち着いてくるのを感じた。その時、ノックがあり、誰かが入ってきた。逆光で顔が良く見えない。「誰?」その言葉を発する前にみちるの唇はそっと閉ざされた。マシュマロの様に溶けてしまいそうな優しいkiss。甘い薔薇の香りがふわりとした。「お誕生日おめでとう。僕のお姫様」そういうとはるかは深紅の薔薇の花束をみちるに渡した。薔薇の蕾はちょうどみちるの歳の数だけ入っていた。「ありがとう!私ね、今日が自分の誕生日だって事、すっかり忘れていたのよ。だから、すごく嬉しいわ」うっすらと涙を浮かべ微笑む彼女にはるかは優しくささやいた。「大丈夫だよ。どんな事があっても、例え、君が僕の事を忘れてしまったとしてもね。僕はいつだってみちるの事を全て覚えているから…」その一言でさっきまで想い悩やんでいたモノはどこかへ消えてしまった。そして後には幸せだけが残された。
fin.
2004.3.6.

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