桜月夜2

□46.After time
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窓から桜の花びらがはらはらと舞い落ちる。それはあまりにも儚げで、手に触れば溶けてしまいそうな薄紅色の雪のようだ。
美しい春の光景なのにどこか胸の奥がざわめいて、切なくて、苦しくなるのは何故だろう。
ほたるはそつと窓を閉めると膝の上に乗せていたテディベアを抱きしめた。みちるは演奏旅行の為に留守。はるかはレースで鈴鹿の方に行っている。その為、ほたるは今この広い家にひとりぼっちだった。胸のざわざわはまだ治まらない。そんな時、ピーと電話が鳴った。嫌な予感がする。とりあえず平静を装い、受話器を取った。それからの数分間は後から思うと、とても長いように感じられた。電話の内容は、はるかがレースで事故に巻き込まれて大怪我をしたのだという。それを聞いたほたるはショックのあまり、頭の中が一瞬真っ白になり、その場に凍りついたように立ちつくした。不安がどんどん押し寄せてくる。その不安と戦いながら、どうにか電話を切った。急いで、みちるの携帯に連絡事項を入れ、はるかの着替えやタオルの準備をすると、病院行きのバスに飛び乗った。案内された病室のベッドには、全身を色々な医療器具といたる所を包帯でぐるぐる巻きにされた姿のはるかがぐったりと横たわっている。思っていたよりも酷い状態にほたるは絶句した。いつもは白く透けるようなはるかの頬や腕には、火傷の痕がたくさんついていてとても痛そうだ。はるかの手をそっと握ってみる。トクンと微かな脈が伝わってきて、ほんの少しだけ安心する事が出来た。しばらくして、主治医らしいお医者さんが来て、別室で、はるかの怪我や今の状態の説明をしてくれた。それによると、命が助かった事だけでも奇跡のような事らしかった。ただ、頭などを強打している為、後遺症が残ると言われた。最悪の場合は、このまま一生ずっと寝たきりの状態で、視力や言葉などは二度と回復を見込められないかもしれないと告げられる。例え、そこまでは重くなくても、脊髄に受けた傷が深かった為、足や腕は元のように戻る事はなく、車椅子の生活になると宣告をされた。何よりも自由でいる事をあれだけ愛していた彼女にとっては、これほど辛い仕打ちもないだろう。病室に戻り、はるかの手を握っていると、もう一度、あの屈託のない笑顔が見たいと思った。もう二度と見る事は叶わないのかもしれない。そう思うと切なくて、自分は彼女の為に何もする事が出来ない事が悲しくて、辛くて涙がこぼれる。「ねぇ…目を覚ましてよ!いつもみたいに嘘だよって言って笑ってよぉ…。はるか」そう呟くと握っていた彼女の手が動いたような気がした。偶然かもと思い、軽く握り返してみた。すると、はるかの目がゆっくりと開いた。「…ほたる、そこに居るのかぃ?」「えぇ。ここに居るわ。気分はどう?」「痛っ!…ねぇ、僕の体はどうなってしまったの?正直に言ってよ!」「うん…」私は覚悟を決め、一部始終を話した。「…そっか。正直に言ってくれてありがとね。ほたるも辛い思いをさせちゃつてごめんな」いつもの微笑みがかえって痛々しくみえる。「はるか…何も言わないで…」「そう言えば、喉が乾いたな。ジュースでも買ってきてくれないか?」「うん」病室を出ると、すすり泣く声が聞こえてきた。私は自動販売機で缶ジュースを2本買った。部屋に戻ると、泣きはらした瞳のはるかがぼんやりと天井を見ていた。「はい。ジュース買ってきたよ。冷たいうちに飲まないとぬるくなっちゃうよ」はるかの唇に口移しで、そっとジュースを含ませる。甘いはずのジュースなのに少しだけしょっぱい味がした。切なかった。「ねぇ、ほたる。こんな僕はもう二度と君を抱く事は出来ないかもしれない。きっと、これから悲しい思いばかりをさせてしまうね。それでも、一緒に居てくれる?」そう言うはるかは、雨に濡れた子猫のような頼りなげで、細くて消え入りそうな声だった。「もちろんよ。例え、はるかが嫌だと言っても私はずっと一緒に居るわ」「そっか…」やっと2人でいつものように笑いあう事が出来た。
そして、一年が過ぎ、今年も桜の季節がやってきた。大きな桜の木の下に車椅子の女性と小さな少女が座っていた。車椅子の女性が「桜、綺麗だね」と傍らの少女に呟く。「えぇ。本当に…。今年、こうやってはるかとお花見が出来るなんて夢みたいだわ。すごく嬉しいの」薄紅の花びらが雪のように静かに舞う中で2人はそっとkissをした。
END.
2004.4.17.

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