桜月夜2

□47.風の音
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若葉の萌え始めた木々を散らしてしまいそうな風が強い夜。そんな夜中に僕はふと目が覚めた。梢を揺する風がざわざわと騒いでいる。「まるで春の嵐だな…」といつしか独り言を呟いていた。側に目をやると、隣のベッドで寝ていたはずのほたるが、いつの間にか僕のベッドに潜り込んて安らかな寝息を立てていた。きっと、嵐のような風の音が怖かったのだろう。その証拠に、白く透けるような小さな右手が僕のシャツをしっかりと掴んでいた。なんだかざわめく胸の高鳴りを抑える為に、シャワーを軽く浴びてこようと思って、寝ているほたるを起こさないようにと僕はシャツをパサリと滑らせるようにそっと脱いだ。やがて、一人になったベッドの中、しばらくして、ほたるが目を覚ました。遠くでシャワーの音が微かに聞こえる。ふと見ると、右手にはくしゃくしゃになったシャツがしっかりと握られていて、頬には涙の跡が一筋ついている。側に居るはずのはるかの姿は見えなかったが、布団の中には無条件に安心できる優しい雰囲気が残っていた。その空気を逃さないように、ほたるは毛布の中に手足を丸めて小さくうずくまった。シャワーの音が止まって、いつのまにか、はるかが側に来ている。「ほたる、そんな格好で何してるの?」「風の音が怖くて眠れないの…。だから…」うずくまったままの彼女をそっと抱き寄せてこう言う。「もう大丈夫!僕が側に居るし、怖くないよ。それに明日はきっと良い天気さ」僕の腕の中で彼女は安心したように頷く。外では、すっかり嵐は止んで、夜空には、真珠のような淡い月の光が優しく射し込み始めていた。
Fin.
2004.5.7

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