桜月夜3

□83.笑顔の秘密
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庭には、チューリップが咲き、陽射しが気持ち良い午後。
みちるはひとりでクローゼットの整理をしていた。
冬物から春物に入れ替え終わったところで、去年、気に入っていたワンピースを探したが、見つからない。
「そうそう、二階のクローゼットの方かもしれないわね…」と小さく呟きながら二階に上がり、クローゼットを探すと、探していたワンピースは見つかった。
無事に探し物を見つけ、階段を降りようとした、まさにその時、グラリと体のバランスが崩れ、階段の一番高いところから固い床に落ちた。
強く叩きつけられ、激痛か全身に走る、急激に遠のく意識の中で、ぼんやりと愛しい人の事を想った。
それから、どれぐらいの時間が経ったのだろう?
「ただいま。どうした⁉︎みちる、しっかりしろ!」
外出先から帰ってきたはるかが、階段の下で、倒れていたみちるを発見し、すぐに救急車を呼んだ。みちるの意識が戻った時には白いベッドの上だった。
微かに消毒薬の匂いがする。どうやらここは病院らしい。
そっと頭だけを動かして周りを良く見ようとすると聞き覚えのある声がそれを止めた。
「気がついたかぃ?まだ動いちゃダメだ」
「はるか…どうしてここに居るの?」
指を少し動かそうとした途端、首から指先にかけてが酷く痛む。
はるかは私の額を優しく撫でると、これまでの事を話し始めた。
「みちる、これから僕の話す事を良く聞いて。君は階段から落ちた時に、首と背中を特に強打したんだ。だから…」
「最後まで、言ってちょうだい」
「頚椎と脊椎の神経が切れたんだ。みちる、君は一生、寝たきりになるかもしれない…もう歩く事は二度と出来ないんだ」
突然の非情な宣告だった。
動揺した私はパニックに落ちいった。
「そんな…嘘よね?治療したら治るんでしょう…」
はるかは少し困った表情で、私をなだめるように抱くと、いつもの声でこう言った。
「今は少し眠ろう。僕はここにずっと居るよ」
「…うん」
きっと、これは悪夢よ! 目が覚めたら、全てが元どおりに戻っているはず。
ようやく痛み止めの強い薬が効いてきたのと、はるかの声のお陰で、私は深い眠りに落ちた。
次に目が覚めたのは3日後だった。
約束どおり、側には、はるかが居てくれた。
「おはよう。気分はどう?」
「少し良いわ」
この前よりは痛みがほんの少しだけ減っているような気がした。
改めて自分の身体を見ると、全身や両手に点滴や医療器具がたくさん刺さり、まるで他人の身体みたいだ。
この前みたいに指を動かそうと試してみる。
精一杯動かしたつもりなのに、結果は、指先がほんの微かに動いただけだった。
下半身には、まったく力が入らないというか、感覚がない。
それに気付いたはるかが私を抱き起こしてくれた。
やっぱり夢ではなかった!
はるかに、もたれかかり、動かなくなった身体をみると、我慢していた涙がこぼれる。
「ねぇ…どうして…動かないの?ずっとこのままなんて嫌よ…」
語尾がかすれ、気持ちを上手に表現する事が出来なくて、涙だけが落ちる。
「…みちる」
そんな事を今さら言っても、はるかを困らせるだけだって分かってたけど、全身が酷く痛くて、それにつられて心の中もどうにかなってしまいそうで、それを言わずにはいられなかった。
はるかは何も言わずに、ただ泣きじゃくる私をしっかりと抱いてくれた。
しばらくして私の気持ちが治まると、彼女はいつもの笑顔でこう言った。
「僕は君の全てが好きだよ。この気持ちはずっと変わらないから、それだけは覚えておいて。だから、僕の為に元気になって」 「うん…」
素直に嬉しかった。
その言葉で私はやっと、この現実を受けとめる事が出来た。
もう現実から逃げない。
だって、こんな風になった私でも変わらずに愛してくれる人が居る。
それだけですごく幸せだと思えるから、流されるだけの運命には負けたくなかった。
でも、そうやって頑張ろうと決意し、辛い治療や、リハビリを始めた次の日には、その反動で熱と痛みがぶりかえし、やっぱりもう無理は出来ない身体になってしまったんだなとつくづく感じ、ただ治療に専念をする事にした。
ゆっくりと過ごす時間の中で、少しづつだけど怪我の方は落ち着いてきていた。
そして、状態が改善するかもしれない見込みに望みをかけて、手術を受ける事になった。
手術は、無事に成功したものの、なにも出来なくなった自分が辛くて、悲しくて、余計に落ち込むという悪循環に陥ってしまった。
そんなある日、私宛てに綺麗なピンクの小包が届いた。
中身は、可愛いテディ・ベアだった。添えられたカードには、ただ一言こう書いてあった。
君の笑顔はこのテディ・ベアよりも可愛い。
そっけない言葉や態度とは違う心遣いが嬉しくて、心が暖かくなった。
自分ではよく分からなかったけど、私の顔には以前と変わらない微笑みが自然に戻っていた。
夕方、いつものように私の様子を観に来たはるかがさりげなく呟く。
「やっといつものみちるに戻ったな」
「そうかな」
照れたのを隠す為になんだかそっけない会話になってしまった。
でも、久しぶりに話す、怪我とは、なんの関係もない他愛のない会話がすごく嬉しくてたまらない。
思わず、私は彼女の方を向くと、にっこりと笑った。
これからの事を考えると不安になる事も多いのだけれど、頑張ってまた幸せをつかんでみようと思えたの。
私の笑顔を変わらずにずっと好きだと言ってくれて、いつも一緒に居てくれて、本当にありがとう…はるか。
だから、いつも頑張る事が出来るし、私は幸せよ。
そして、数年間、休まずに頑張ったリハビリのお蔭で、両手の指先は少し動くようになった。
頑張って、少ない指の力でも簡単に動かせるスマホを操作して、作った初メールには、いつも言えなかった事を書いて送った。
”ありがとう。あなたが大好き♡”と。
fin.
2015.4.1.

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