桜月夜3

□87.宵闇デート
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宵闇にふわふわと淡い光が舞う季節になった。
今夜、近くの河原でホタル祭りがある。
はるかは、こっそり新調の浴衣を用意して、みちるが仕事から帰ってくるのを待っていた。
事の発端は、数日前、TVで闇夜に群舞している蛍の光景をふたりで観た事に始まる。
「蛍狩りか、そういえば蛍なんてしばらく観ていないな。みちるは、観た事ある?」
「こうやってTVならあるけど、本物はまだ観た事がないわね」
「そうなの?」
「まぁ、この季節はヨーロッパでリサイタルする事も多いから、私が日本に居ない事も多いわね」
「そっか」
そんな会話の後、はるかは自分の部屋からこっそりネットで蛍を観れる場所がないかを検索してみた。
すると案外、近くの河原で数日後にホタル祭りがあるという情報がGet出来たのだ。
「やっぱり、みちるに本物を見せてあげたいからね」
はるかは、満足そうにタブレットをしまった。
そして、和室に行き、和箪笥の中からある物を探した。
それはこの前、馴染みの呉服店で買っておいた浴衣だ。
みちる用にと買っていたのは、薄い浅葱色の蝶が裾に舞っている白い木綿地で、帯は紺色だ。
自分用にと買っていたのは、紺地に白い小花が裾の所に散っている生地で、帯は濃い縹色だった。
それを丁寧にアイロンをかけて仕舞っておいたのだった。

玄関から「ただいま〜」と声がした。
「おかえり。今日は暑かったね。お風呂沸いているからシャワーを浴びてきたら?」
「えぇ。暑くて汗びっしょりになっちゃったわ。浴びてさっぱりしてくるわね」
「あぁ、着替えは戸棚の上に置いてあるよ」
「うん」
しばらくして、満面の微笑みの 彼女が居間に入ってきた。
「これ!どうしたの?」
「気に入ったかぃ、浴衣」
「もちろんよ。ありがとう、はるか」
「どういたしまして。あっ!帯がずれてるよ。自分でやったの?」
「いつもはるかが結ぶ様にしたのだけど、何かおかしいかしら?」
「この結び方だと、後で緩む事があるから、一回、解いて直すよ」
「えぇ」
そうして帯を型崩れしないように、しっかりと蝶結びにした。
「はい、出来たよ。ソファに浅く座ってて。僕も着替えてくるから」
さっとシャワーを浴びて、自分の浴衣を着た。
「大人っぽいはるかって、素敵ね」
「サンキュ。みちるもすごくセクシーだよ。さて、蛍を観に行こうか?」
「えっ!蛍って、この辺でも観れるの?」
「あぁ、君が観た事がないって言ってたから、探してみたんだよ」
「嬉しい!」

そこは無数の小さな光が辺り一面に乱舞している幻想的な風景が広がっていた。
淡く輝く小さな光達は、宇宙に散らばる星の欠片のようにも見える。
「綺麗だね」
「ええ。なんだか夢を見ているみたい。素晴らしいわ」
「そんなに喜んでくれると、僕も嬉しいな」
もうそれ以上の言葉は要らなかった。
幻想的な雰囲気の中、そっとキスを交わす。
君とここに来れて良かった。
今夜の事は一生、忘れられない想い出になった。
来年もまたふたりで、この景色を見たいと思ったんだ。

END.
2015.6.5.

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