桜月夜3

□88.優しい時間
1ページ/1ページ

あの銀河の決戦で、シルバームーン・クリスタルの真のパワーを解放した、うさぎ。
穏やかな日々が戻り、また留学先のアメリカに戻る衛に、今までの感謝と別れを告げた。
衛も、うさぎの気持ちを尊重し、ふたりは別れた。
「これでいいのよ」
空港からの帰り道、ポロポロと泣きながら歩いていると、誰かにぶつかりそうになった。
「あっ!ごめんなさい」
「相変わらず、泣き虫だね。うさぎ」
そう言うと、はるかは、うさぎを優しく抱きしめた。
「はるかさん、あたしね、今日、衛さんとお別れしてきたよ」
「それでうさぎは本当に良いの?」
「うん。戦っている時、ずっと考えていた事だから。平和になったら、みんなが幸せになれる方法」
そう言うと、うさぎはちょっと微笑んだ。
「あの事は言わなかったの?」
「うん。もういいの」
うさぎはシルバームーン・クリスタルのパワーを使った代償として、命は取り留めたものの、頻繁に倒れたり、熱を出す事も多くなった。
だんだんと、弱っていく身体を感じ、うさぎは、衛と別れる事を決意したのだ。
はるか達は、それを見守っている事しか出来なかった。
「頑張ったね。うさぎ」
はるかの腕の中で、うさぎの身体の力がガクリと抜ける。
今日は、相当な無理をしたらしい事が分かる。
「ねぇ、はるかさん、今はもうちょっとこのまま、抱いていて」
「いいよ。僕はうさぎの側にずっと居るからね」
それから、うさぎはベッドから起き上がる事も、ひとりでは出来なくなった。

* * * * * * *

透明な管が、ゆらゆらと揺れて、ぽたり、ぽたりと落ちる液体が、うさぎの身体を助けている。
いつも、ふわふわのクイーンサイズのベッドに身体を横たえているうさぎが優しく手を伸ばすと、壁に掛かっている薔薇の形をした結晶が付いたペンダントに触れる事が出来る。
もう奇跡のパワーは、無くなってしまったけど、それはやっぱりうさぎの宝物だった。触れると、とても心が安らぐ。
はるかは、そんなうさぎを見舞い、出来るだけ側を離れないように、寂しくないようにしていた。
眠っている事も多かったけれど、ちょうど起きている時に顔を出すと、いつも微笑んで迎えてくれた。

* * * * * * *

ある日の事、少し調子の良さそうなうさぎが、ベッドの真ん中で背中に枕を入れて、ちょこんと座っていた。
「おはよう、はるかさん」
「おはよ。僕のプリンセス」
「ねぇ、抱っこして。寝ているのに飽きちゃったの」
「甘えん坊だな、いいよ。抱っこだけじゃなくて、今日は、お外にも連れて行ってあげる」
身体が弱くなった最愛の人は、言動なども幼くなり、素直に甘えてくるようになった。
「やったぁ!ありがとう」
「じゃ、お出かけの準備をしようか」
下ろしている絹糸のような黄金の髪をツインテールにし、白いレースとリボンがあしらわれたセーラー襟が付いた柔らかなコットン・ガーゼ地のチェリーピンクのワンピースを着せる。
このワンピースは、胸元にはフリルとピンタックがたっぷり付いており、ゆったりとした仕立てで、肩の部分からふんわりとしたパフ・スリープになっており、色白のうさぎには、よく似合う。
「可愛いよ。うさぎ…」
「えへへ。これ、お気に入りなの」
はるかは車椅子を移動させ、ベッドからうさぎを抱き上げ、丁寧な手つきでワンピースのしわを直すと、車椅子に座らせた。体温調節が難しくなった身体の為、肩にはピンクのストールを、膝にはブランケットをかけると、お出かけの準備は完了だった。

* * * * * * *

薔薇の咲いた初夏の公園は、誰もいなくて、ふたりだけの貸し切りみたいだった。
「楽しい。薔薇も綺麗」
「良かった。うさぎが喜んでくれて」
「何で、はるかさんは、こんなに優しくしてくれるの?」
「僕は何回も君に救われているんだ。もし、そうじゃなくても、うさぎの、泣き虫なところも、甘えん坊なところも、全部が愛おしいから」
「あたしが、プリンセスじゃなくなっても、健康じゃなくてもいいの?」
「もちろん。君だから、愛しているよ」
「あたしも、はるかさんの事、愛してる」
どちらからともなく、指先を絡ませてみると、恋人つなぎになった。
やっと、訪れた幸せな時間は、ふたりに宝物を与えてくれた。

fin.
2015.6.12.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ