桜月夜3

□89.雨のち虹
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郊外にある赤煉瓦造りの小さな洋館。
フランス窓には、ラベンダーの咲いた鉢が飾ってあり、庭には薄紫色の紫陽花が、見事な花を咲かせていた。
ラベンダー色の天蓋付きのベッドには、天蓋のカーテンと同じ色のシーツが敷かれており、縁にレースの付いた楕円形のクッションが置いてあり、ピンク色のうさぎのぬいぐるみがちょこんと座っている。
ベッドと反対の壁側には、ハート形の鏡の付いたドレッサーと、たくさんの本やドールが飾ってあるキャビネットがあり、家具も全て薄茶色で統一されていた。
天蓋付きのベッドに横たわり、ほたるは、ぼんやりと部屋の中を眺めていた。さらさらの黒髪は、枕代わりのクッションの上に散らばっている。
病気の後遺症で、ほたるはベッドから起き上がる事も、歩く事も出来なくなり、全く動かなくなった足は、痩せて筋肉が落ち、細くなった。ひとりでは、身体を自由に動かす事が出来ない為、ベッドに横たわって、いつも過ごしている。外に出る事も滅多になくなり、もともと、透ける様な白い肌は、より一層、雪のように白くなった。
食事も、わずかな量しか食べる事が出来なくなり、それだけでは栄養が足りなくなってしまうので、胃に直接通してある胃ろうのチューブに、ペースト状の栄養剤や、水分、薬を入れるようになってしまった。
お医者さまからは、これ以上は治らないと告げられている。
季節の変わり目だからか、微熱が続き、ずきりと全身が痛む。
外は、私の心を表すように細かい雨がしとしとと降っている。まるで自分と世界を隔てる銀色のカーテンのようだ。
「どうしたの?」
「今日は少し具合が悪いの。身体が痛い」
「そっか。無理するなよ」
そう言うと、はるかは、私に痛み止めの薬を飲ませてくれる。
透明なチューブが揺れて、ぽたり、ぽたりと落ちる液体が、身体に入っていく。
しばらくすると、意識がボーっとしてきて、そのうち私は、眠ってしまった。

ベッドに眠る最愛の人は、小さな身体が更に痩せてしまい、ブランケットから覗く儚げな手足が見ていて、切なくなる。病気の後遺症で、寝たきりになってから、ほたるは、食事もあまり出来なくなり、熱を出して眠っている事も増えた。起きていても、寂しげな表情をしている事が多い。せめて、全身の痛みが取れて、気持ちが良くなり、微笑ってほしいと思って、動かなくなった細い足をマッサージする。

あれっ!なんだろう?さっきまで痛かった足が、気持ち良い。
ふっと、目を覚ますと、そこには優しい笑顔ではるかが私の足をマッサージしてくれていた。
「あぁ、はるか。気持ち良いよ!」
こみあげてくる嬉しさと同時に、このまま私の身体が治れば良いのにと思わずにはいられない。
「さっきのマッサージは、気持ち良かった?」
「うん。ちょっと痛みが引いたよ。ありがとう」
「それなら、良かった。熱、測ろうか?」
「そうね」
ほたるの体温調節が難しくなった身体の為には、数時間おきに体温を測り、部屋の温度を調整しなくてはならない。幸いな事に微熱は平熱までに下がっていた。
「今、身体とか痛くない?」
「もう今は痛くないよ」
あっ、ちょっと微笑ってくれた。
「じゃ、久しぶりに少し、おやつ食べてみない?さっきプリンを作ったんだよ」
「プリンかぁ、少しなら食べられるかも」
「無理はしないでいいからね?」
そう言うと、はるかはほたるを自分の腕の中に、しっかりと抱きしめると、とろけそうなプリンをひと匙そっと口に入れた。
「あっ!冷たいし、甘くて美味しい」
半分ぐらい食べる事が出来た。
「頑張ったね」
「えへへ」
はるかの腕の中にぴったりと収まるほたるは大切な宝石のようだ。この大切な人を護りたい。
いつしか、雨は止み、空には虹が出ている。
それを見ながら、少しずつでも元気になろう、最愛の人の腕の中で、ほたるは心からそう思った。

End.
2015.6.27.

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