桜月夜3

□96.夏の夜の華
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漆黒の夜空に光の華が咲く。
ほんの数秒だけで消えてしまう儚い華だ。
部屋の窓からも、その花火が見えた。
星野はそっと窓の外を見た。
側のシンプルなベッドには、ハニーブラウンの髪に、透けるような白い肌、中性的な顔立ちが印象的な美少女が眠っている。星野の最愛の恋人だ。
レース中に起きた大きな事故により、一命は取り留めたものの、脳のダメージから全身が麻痺したはるかは、ひとりでベッドから起き上がる事も、歩く事も出来ない寝たきりの状態だ。
全く動かなくなった手足は、筋肉が落ちて細くなり、ひとりでは身体を自由に動かす事が出来ない為、ベッドに横たわって、いつも過ごしている。
長い睫毛がそっと開き、はるかが目を覚ました。
「セイヤ」
「よぉ、起きたか」
喉の筋肉にも麻痺がある為、言葉も簡単な単語しか、話せなくなった。
「今日、花火大会だぞ。見るか?」
「うん」
はるかの背中に枕を入れて、ベッドに上半身を起こしてやる。
嬉しそうに窓の外を眺める、はるかを見ていると、まだはるかが元気だった頃の事を思い出して、星野は切ない気分になってしまう。
切ない気分を変える為に、他愛のない事を話しかけてみる。
「なぁ〜今度、ロケに行くんだけど、そこ美味しい物が多いんだってさ。はるか、お土産、何が良い?」
そう言った途端、自分の失言に気付く。
今のはるかは、食事も口からは僅かにしか食べる事が出来なくなり、それだけでは栄養が足りないので、胃に直接通してある胃ろうのチューブからペースト状の栄養剤や、水分、薬を入れるのが、食事なのに。
それでも、優しいはるかは苦笑した表情で、「おかし」と言ってくれた。
「お菓子な。見ただけでも楽しめる綺麗なお菓子、買ってくるな」
にこっと微笑み、はるかがまた何かを言いかけたその瞬間、ゴホっと嫌な咳が出始め、はるかの身体はグラリとベッドに崩れ落ちた。
「どうした?!大丈夫か?」
「う…ん」
急いで、はるかの身体をフラットにして寝かせると、胃ろうのチューブから薬を入れる。
しばらくすると、まだ青い顔なのに、はるかはこんな健気な事を言う。
「だいじょうぶ」
「ダメ!無理すると、また肺炎になって長期入院をする羽目になるぞ!それでも良いの?」
そう言いながら、俺ははるかを抱いてソファに座る。
「…はなび…」
そう呟くはるかの大きな青い瞳には、大粒の涙が溜まっていて、それが今にもこぼれ落ちそうだ。
俺は彼女の意外とさらさらした髪を撫でながら、明るく呟いた。
「花火は来年もあるじゃん。だから、今はおとなしく寝てよう…」
「らいねん」
「そう、来年」
それ以上、はるかにかける言葉が見つからなくて、彼女の髪を優しく撫でてやる事しか出来なかった。
彼女はいつしか深い眠りに落ちていて、頬には涙の痕が一筋ついていた。
「そうだよな。来年の事なんて誰にも分からないもんな…」
眠ったはるかをそっと起こさないようにベッドに寝かせると、俺は、花火大会が終わるまで、ベランダからスマホで花火の画像を何枚も撮った。
しばらくして、「セイヤ」と小さな声がした。
「おぅ、ここに居るよ」
はるかの側でスマホに保存した花火の画像をみせると、彼女はやっと嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう」
「来年は、体調を整えて、リベンジしようぜ」
「うん」
そうして、二人は微笑みあった。

fin.
2015.8.10.

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