桜月夜3

□97.甘いキスとお洒落
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郊外にある赤煉瓦造りの小さな洋館。
フランス窓には、トルコ桔梗が活けられた花瓶が飾ってあり、庭には小さな秋咲きの薔薇が咲いていた。
ラベンダー色の天蓋付きのベッドには、レースの付いた楕円形のクッションが枕の代わりに置いてあり、ピンク色のうさぎのぬいぐるみが座っている。
ベッドサイドには、アロマランプがあり、室内には優雅なベルガモットの香りがほのかに馨る。
ベッドと反対の壁側には、引き出しの付いた書き物机と、本やドールが飾ってあるキャビネットがあり、家具も全て薄茶色で統一されていた。
さらさらの黒髪をサイドから編み込んで、ツーサイドアップに結わえ、アクセントになっている真紅のリボンが愛らしく、丁寧に仕立てられたワンピースは、柔らかなマロンブラウンのベルベットの生地で、なんとも上品だ。
それに身を包んだ少女が、大きな車椅子に座って、読書をしている。
雪花石膏のような青白い頬には、長い睫毛が影を落とし、ふんわりとパフスリーブになっている袖のレースの先からちらりと覗いて、そっとページをめくる細い指先も白く、儚げなドールの
ようだ。
その時、パタリとドアが開き、誰かが入ってきた。
「ただいま」
すぐに読書をしていた少女が顔を上げ、ゆっくりと微笑んだ。
「おかえりなさい」
ほたるの澄んだ声は、はるかを幸せでいつも優しく包んでくれる。
世界でたった一人の最愛の人だ。
「気分はどう?」
「今日はすごく良いのよ」
「最近、過ごしやすい気候になったからかもな」
そう言うと、はるかはほたるを車椅子から抱き上げると、ソファに座った。
ふわりとレースの付いたヨーク襟と胸のリボンが揺れる。
小さなほたるの身体は、はるかの腕の中にぴったりと収まる。
高熱の後遺症で動かなくなった手足は、ほたるが自分では動かせないから変形してしまい、さらに細くなり、乱暴に扱えば、壊れてしまいそうだ。そっと硝子細工を扱うように優しく抱きしめる。
少し前までは、ずっとベッドに横たわって過ごす事が多かったが、最近では、車椅子やソファに座って過ごす事も増えた。
「ほたるはさ、最近なにか欲しいものってないの?」
「あるよ。あのね、思わずお出かけしたくなるような可愛い車椅子が欲しいの」
そう言われて考えてみれば、車椅子って、いかにも武骨で、可愛くはない物だ。
歩けない人には毎日の足の代わりになる物なのに。
それも、年頃の女の子が毎日のように使う物なら、少しでもそれを可愛くしたいと思うのは、普通の事だ。
また小柄なほたるには、サイズが合わない事も多い。
今、使っている物も大きい為に、クッションを入れて調節しているが、なかなかしっくりとこないようだ。
ほたるにぴったり合う可愛い車椅子か、これはなんとしても手に入れてあげたいと思った。
そして、色々な情報を集め、車椅子を作る業者さんと相談し、様々な手続きをして待つ事、数ヶ月。
いよいよ、ほたるだけの可愛い車椅子が出来上がってきた。
金属のフレームの部分がラベンダー色で、シートはサイドの黒いメッシュ生地の部分の間に、紫系の小花模様のメッシュ生地が入った、黒と紫が基調だが可愛い感じの物が出来た。
大喜びのほたるがそれに座ると、心からにっこりと笑った。
「あぁ、なんて素敵なの!座り心地も最高よ」
「ほたるに良く似合っているよ」
「ありかとう。ねぇ、ちょっとだけ目を閉じて」
「!」
ほたるは、はるかの頬に軽くキスをした。
それは、甘く、メレンゲのようなキスだった。
「これでお洒落して、お出かけしようね」
「うん。楽しみだわ」
可愛い君と、その笑顔を見られる事が、幸せだと思った。

end,
2015.9.21.

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