桜月夜3

□105.その言葉は、
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街はイルミネーションがキラキラと輝き、星屑を落としたようだ。今日は、クリスマスイブ。でも、星野がこれから入ろうとしている建物は、そんな喧騒とは無縁の場所だった。
壁も床も天井も、何もかもが真っ白な部屋。まるで賑やかな世界から、そこだけがぽっかりと切り取られたような、静かな雰囲気だった。
そこには、ハニーブラウンの髪に、イタリア産の大理石のような白い肌、サファイアのような大きな青い瞳は長い睫毛に縁どられて、少年にも、少女にもみえる顔立ちが印象的な少女が、ブルーのパジャマ姿で、白いベッドに横たわっていた。
事故により、一命は取り留めたものの、脳のダメージから全身が麻痺したはるかは、ひとりでベッドから起き上がる事も出来ない状態で、全く動かなくなった手足は、筋肉が落ちて細くなり、ひとりでは身体を自由に動かす事が出来ない為、ベッドにずっと寝たきりで、横たわったまま過ごしている。排泄も感覚がなくなった為に、下着は紙おむつをいつもしている。
痩せ細った身体は、いつも柔らかいブランケットにうまく隠されている。
点滴の透明な管が、ゆらゆらと揺れて、ぽたり、ぽたりと落ちる液体の微かな音だけが、時間の経過を告げていた。
秋の終わりに重い肺炎になって、この病院に入院してからというもの、はるかの体力はさらに落ち、いつも点滴が手放せなくなり、ぼんやりとしていることも増えた。
長い睫毛がそっと震え、はるかが目を覚ました。
「よぉ、起きたか」
優しい声が聞こえた方に顔を上げると、そこには最愛な恋人が居た。
「セイヤ」
本当はもっと色々な事を話したいのに、喉の麻痺の為、簡単な単語しか、話せないのが切ない。
「具合はどう?」
「まぁまぁ」
はるかの背中に枕を入れて、ベッドに上半身を起こしてやる。
「イブだね」
「そうだな」
はるかは何かを言いたそうに星野を見つめた。
「何?熱く見つめて。惚れ直した?」
「うん」
俺は、こんな可愛い事を言うはるかの髪を優しく撫でた。柔らかい髪の手触りが気持ち良い。
「なぁ、ちょっとだけ目を閉じて」
「こう?」
「あぁ」
くすり指には、いつの間にか細いシルバーのリングが嵌められていた。小さな星の形をした青い石が付いていた。
「かっこいい!これ、ぴったりだね」
「似合ってるよ。まぁ、俺の手作りだからな」
「…」
「どうした?」
「あたし…なにも…よういして…ない」
「大丈夫。お前からのプレゼントはちゃんともらってるよ」
「えっ!」
星野は、はるかをぎゅっと抱きしめた。
「こうして一緒に居られる事、最高だと思うぞ」
「ありがと」
「来年は、元気になって家に帰ろうな」
「うん」
その夜、面会時間が終わり、星野が帰ろうとした時だった。
はるかの唇が微かに動き、それを見た星野は、笑顔になった。
その言葉は「あいしてる」だった。
END.
2015.12.24.

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