星月夜1

□10.ma poupee
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都心から少し離れた静かな郊外にある、瀟酒な洋館の窓辺にも、薄橙色の朝焼けが、柔らかく包み込もうとしている。
部屋の中では、木製のチェストの上には、テディ・ベアが並び、サイドテーブルに置かれた花瓶には、小さな赤い薔薇が飾られ、間接照明のかわりに、薄いガラスのアロマランプが穏やかな明かりを照らしていた。小さな音量でクラシックがゆっくりと流れ、優雅で落ちついた雰囲気だった。
白いダブルサイズのベッドに横たわって静かに眠っている莉奈は、くせのない茶色の髪と透けるような白い肌、大きな瞳が、長い睫毛に縁どられており、静かに微笑んでいる姿が印象的な美少女だ。
白く華奢な身体は、肩までしっかりと掛けられているブランケットの中にそっと隠されている。
その姿は、彼女をより一層、触れては壊れてしまいそうなビスクドールのように見せていた。
しばらくして、目を覚ました彼女は、溜め息をついた。
「はぁ…」
莉奈は、幼い時から、ずっと微熱や、倦怠感、たまに襲う痛みに耐えながら、一日中、ベッドで過ごす日々だ。
歩けないし、手も僅かに動く程度、食事も、排泄も、ひとりでは、出来ない。
ブランケットに隠されている細い身体には、注射や栄養剤の点滴で、注射針の跡がいたるところに内出血の状態で、排泄も感覚が麻痺していて、ずっとおもらしをしてしまう為に、テープタイプの紙おむつをいつもしている。

少しだけ、自分では何も出来ない幼い子のような、この身体が、悲しくなる。
こんな身体でも生きる意味があるのかしら。
その時、ノックがあり、誰かが入ってきた。
「はい。どうぞ」
薔薇の香りがふわりと香り、入って来たのは、幼い頃からの莉奈付きのメイドである茗だった。
長い黒髪をきちんと編み込み、紺のシックなワンピースとエプロンドレスに身を包んだ茗は、清楚な美人だ。
莉奈より二つ歳上の茗は、メイドとして有能なだけではなく、いつも医療の必要な莉奈の為に、ナースの資格も持っている。
「おはようございます。莉奈様、今日のお加減は如何ですか?」
そう言いながら、タオルで顔を拭いてくれる。
「気持ち良いですか?」
「うん」
それが終わると、寝ていた間に、濡れて汚れた紙おむつを、さっと新しい物に替えてくれる。
「終わりましたよ。すっきりしたでしょう」
「…」
なんとなく表情で、お嬢様の気持ちが分かるのだけど、やっぱり年頃の女の子が紙おむつをするのは恥ずかしいよね。
素早くテープを剥がし、汚れた紙おむつを新しい物に交換すると、あえて普通に接する。
人見知りが激しく、慣れていないと難しい莉奈の世話は、茗にしか出来ない。
「ありがとう」
うっすらと涙を浮かべる莉奈に、茗は優しくささやいた。
「今日はお天気も良いですので、後で久しぶりにお散歩に行きませんか?」
「えぇ」
それから、茗は、私をパジャマから、いつも可愛いワンピースに着替えさせてくれる。
今日は、パステルピンクに赤い苺の柄がプリントされているシフォン生地の、袖がパフスリーブになっているワンピースで、莉奈のお気に入りだ。
普通に着ると、膝下までの裾なのだが、いつも車椅子に座っている莉奈だと、足首まで隠れてしまい、ロングドレスのようだ。
そうして着替えが終わると、車椅子へ乗り換えさせて、キッチンに連れて行ってくれる。もちろん、具合が良い時だけど。
「なんで茗は、私の事をこんなに大事にしてくれるの?」
食事を食べさせてもらいながら、その合間に、ふと疑問に思った事を聞く。
「私が莉奈様のお側に居たいからですよ」
「えっ!それだけ」
茗は、私の口に運ぼうとしていたスプーンを止めると、真面目な顔になった。
「大事な事ですよ…。莉奈様は、私の事を嫌いになったのですか?」
「そんな事ないよ…。でもさ、私ワガママばっかりで、その上、自分ひとりじゃ何も出来ないもん…」

私の食事の介助をしながら、一緒に自分も食事を食べてくれる茗は優しい。
「美味しいですか?」
「うん。でも、もういらない。ごちそうさまでした」
「お薬、飲みましょうか?」
「はい」
しばらくして、私が落ち着くと、茗は、朝の約束通り、身体が冷えないように、肩にはストールを、膝にはブランケットをかけて、髪はツインテールに結ってくれて、散歩に連れ出してくれた。
「やっぱり、お外は気持ちが良いですね」
「えぇ」
爽やかな陽射しが歩道に差し込み、散歩をするには絶好の日和だった。
ちょうど開けたところに海岸が見渡せる場所があり、その辺りは静かで、風の音しか聞こえない。
二人のお気に入りの場所だ。
茗は、莉奈の車椅子のブレーキをかけると、自分は芝生に座り、車椅子に座っている莉奈を優しく見つめた。
最愛の人は、痩せ細った小さな身体、憂いを帯びた瞳、ひとりでは何も出来ない、まさにビスクドールのようだけど、それでも、生きて、そこに居てくれるだけで、微笑んでいてくれるたけで、茗は幸せだ。
「大丈夫ですよ。どんな事があっても、私が、いつだって莉奈様の事はお守りしますから…」
「本当に」
茗のその一言で、莉奈がさっきまで思い悩んでいた事は、すっと消え、幸福な想いになった。
fin.
2015.5.7.

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