星月夜1

□20.菖と陽だまりの君
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貿易で有名な浅野財閥の令嬢に生まれた浅野 菖(あさの あやめ)は、生まれつき自分では身体を動かす事もできない程の重い障害がある。ずっと車椅子か、ベット上での生活だ。
窓にかかる白いカーテンから、こぼれる陽射しが眩しい。
「菖さま、起きてください。朝ですよ」
「あぁ、おはよう」
優しく声をかけて私を起こしてくれたのは執事のユウトとメイドのサヤだ。
私はベッドの上で少し上半身を起こした。
「今日のお洋服はどうなさいます?」
「そうね、今日は卒業式のリハーサルがあるから制服ね」
サヤは私を部屋着に着替えさせて、車椅子に座らせてくれた。
「じゃあ、朝食にしようか」
「かしこまりました」
何かと忙しい両親は、専属執事と専属メイドを私に付けると、特別支援教育専門の全寮制で附属のサナトリウムや病院もある、このソルティラ女学院に入れた。ここは病気や障害がある良家の令嬢たちはつどう学校だ。
だから菖は3歳の幼稚舎入学から、ここに居る。大学院までは寮に、そしてその後は、その時の身体の状態にもよるのだろうけど、附属のサナトリウムか、付属病院の病棟内にある個室が居場所になるのだろう。
「ふぅ……」
一人になった瞬間、思わずため息がこぼれる。
もうすぐ初等部を卒業し、あと1ヶ月もすれば中等部に入学するのだ。
簡単な朝食を終え、教室へ向かう準備をする。
髪をツインテールに整えてもらい、紺のワンピースを着せてもらい、薄いピンクのカーディガンを羽織った。
「中等部になれば、友達できるかなぁ」
私は昔から人見知りするタイプだ。小さい頃は、両親が遊び相手をしてくれたけれど、今では、私の身の回りのお世話をするメイドさん達しかいない。
不安だ。新しい出会いなんて怖い。
そう思った瞬間、もう私の運命は回り出していた。
「どうしよう……」
「何が?」
突然、声をかけられて驚く。振り向くと、そこの渡り廊下に見知らぬ一人の女の子が居た。
彼女は手を差し出す。握手を求めているようだ。恐る恐る手を握り返す。その手はとても暖かい。
まるで春の陽だまりのようでなんだか安心するオーラがある子だ。
「あの……貴方はどうしてこんなところにいるの?」
「道に迷ったんだ」
「そうなんですか?ここは結構広いですもんね」
「うん。僕ね、この春からここの中等部に入学するんだ。だから、今日は下見に来たの」
なんだろう。この子の言葉を聞く度に胸の奥がドキドキしてくる。
まるで、ずっと前から知っているような感覚に陥る。
「ねぇ、一緒に来てよ」
「いいですよ」
そう言うと、私は中庭の庭園を通って、職員室に迷子の彼女を連れて行く事にした。
花壇には色とりどりの花が咲き乱れている。
「綺麗な場所だね」
「この場所は私のお気に入りなんですよ」
彼女が笑う。それを見てまた鼓動が激しくなる。
そんな私を知ってか知らずか、彼女は言葉を続ける。
「ねぇ、君の名前はなんていうの?」
「あ、ごめんなさい、まだ自己紹介してませんでしたよね。私は浅野 菖(あさの あやめ)と申します。みんなからは、アヤって呼ばれてます」
「そっか!僕は大倉 陽(おおくら はる)だよ。みんなからはハルって呼ばれてるんだ。僕って言ってるけど、女の子です。よろしくね!アヤちゃん!」
「はい!こちらこそよろしくお願いします。ハルさん」
この時、私は彼女に恋をした。

そして、中等部の入学式当日。
今まで幼稚舎からエスカレーター式とはいえそれなりに緊張する。
これから通う中等部は、初等部の校舎とは少し離れた所にあるらしい。
「お嬢様、どうかされましたか?」
「いえ、何でもないわ」
そう答えるものの、心臓はバクバクと鳴っている。
すると、後ろの方から声がかかる。
「あれ〜?もしかして、アヤちゃーん?」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこにいたのは、ハルさんだ。
「えっと、久しぶりだね!元気にしてた?」
「はい、ハルさんも元気で良かったです」
「うん、ありがと!一緒に教室に行かない?」
「えっ!?」
予想外の誘いに素頓狂な声が出てしまう。
「ダメかな?」
そんな上目遣いで見られると断れないよ。それに、彼女と一緒に行きたい気持ちもあった。
「わかりました」
そう言って私は彼女に車椅子を押してもらう。
「ねぇ、ハルさんはどこが悪いの?」
「生まれつき心臓が悪いんだ。最近はあまり動けなくなってきたから、この学院にきたんだ」
「そうなの。私は生まれつき脳の神経に障害があるの。ずっと歩けないし、大人になる頃には、たぶん寝たきりになるんだって」
「僕も大人になる頃には寝たきりだと思うよ。きっとひとりで、サナトリウムか病院のベットの上さ」

そして、たどり着いた先は、中等部の教室ではなく、何故か保健室だった。
ドアを開けると、先生はすぐに優しい笑顔で中等部の教室を教えてくれ、今度こそ教室に向かった。ふたりは同じクラスだった。
その後、自己紹介が主な初めての授業が終わり、帰り支度をしていると、ハルさんが側にやってきた。
「寮に帰る前にちょっと寄り道しようよ」
「うん」
彼女は、私を連れて図書室に来た。そこで彼女は本棚を指差す。そこにあったのは、たくさんの童話や物語。その中で、私が特に目を惹かれたのは、ある姫と騎士の話。
「ねぇ、この物語、知ってます?」
「うん。知ってるよ」
「私、この話がお気に入りなんですよ」
「なんか僕達は似ているね。これからも仲良くしてね」
「もちろんですよ!」
その日以来、私は彼女の事が大好きになった。
中等部に入学してから、1週間程経ったある日の事。
いつも通り授業を終えて帰ろうとしていた時、あれ?ハルさんがいない?
辺りを見回すが、見当たらない。何処に行ったのだろう。
耳をすますと、部屋の隅っこから、小さいけど苦しそうな声が聞こえてきた。声の主を探すと、そこには青い顔をしたハルさんがいた。
「あの、何かあったんですか?」
「あぁ、アヤちゃんか。ううん、なんでもないよ」
そう言った時の彼女はどこか寂しげだった。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。軽い発作だよ。時々なるんだ。心配してくれてありがとう。もう帰るの?一緒に帰ろう」
「はい!」
その日から、彼女はよく私と過ごすようになった。
放課後の図書室で、私は彼女に色々な話を聞かせた。彼女はとても聞き上手で、どんな話にも興味を示してくれた。
そんなある日の昼休み、私は中庭のベンチにいた。隣にはハルさんが座っている。
「ねぇ、アヤちゃん、僕ね、この病気のせいでなかなか友達ができないんだ。両親も悲しませてばかりさ。跡取りなのに、こんな身体じゃ無理なんだ」
友達か、私にとっては家族やメイド達がいるだけで十分だけど、彼女は違うのかもしれない。
「ハルさんのおうちって、確か!」
「そう。有名なホテルとかしてます。そういうアヤちゃんちは輸入とかだよね」
「はい。跡取りの件はどうする事も出来ませんが、良ければ、私がハルさんの親友になりますよ」
「いいの?」
「はい!是非とも」
「じゃあ、お願いしようかな!改めて、これからよろしくね!アヤ!」
その時、私は初めて名前を呼ばれた。
「はいっ!こちらこそ、よろしくお願いします!」
こうして、私達の友情は始まった。

END.

2022.11.18.



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