桜月夜1

□11.星空の約束
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夕闇が帳を下ろす頃、銀色の月光を浴びた庭には、螢が数匹、舞い始めている。なんだか初夏の情緒的で幽玄な雰囲気だ。でも、今それをゆっくり見ている余裕はなかった。最近、ほたるの具合が良くなかった。微熱が続いて、全身が痛むらしく、夜もあまり、眠れない様だ。「気分はどうだい?」「うん…。全身をギュっと強く掴まれたみたいな感じで、胸とか背中が痛いよぉ」「薬、飲むか?」「ううん。あれを飲むと眠たくなっちゃうし、まだ我慢出来るからいらない」「そっか、辛くなったら言えよ。無理するな!」彼女の額に手を当てる。じわりと熱さが伝わってくる。何も役にたてない自分が、悔しくなる。ほたるが潤んだ瞳でジッと僕を見つめている。思わず、抱きしめたい衝動に駆られるが、ここは我慢する。「ねぇ、はるか、私どうなっちゃうのかな?」「大丈夫だよ。急にどうしたのさ?」唐突な質問に思わず焦ってしまった。「あっ、元気になったら高原に行きたいな。その時は連れていってくれる?でも、なんだか元気になれない様な気がして。なんとなく自分で分かるんだ」そう言った彼女の何かを諦めた感じの声と憂いに満ちた瞳がすごく気になった。「うん。その時は、高原でも、海でも、外国にでも連れて行ってあげるよ。なぁ、僕はどんな事があっても、いつもこのほたるが大好きだよ。ずっと側に居るから、そんな哀しい事を言うなよ。ねっ!」僕は心からの笑顔で明るく言う。「ありがとう、はるか」「約束するよ。だから、ほたるも自分に負けるな」「私、頑張るよ。もう負けないもん」「その調子だ」ガラス細工の様に儚げで壊れそうなほたるを、抱き上げて、2人で外を見た。晴れた夜空には、もう夏の星座が輝いていた。「さっきの事は2人だけの秘密の約束な」「うん」そっと指切りをした。爽やかな夜風が吹き抜けていった。
END.2002.5.28.

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