桜月夜3

□99.天香丹桂
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シンプルなベッドには、ハニーブラウンの髪に、透けるような白い肌、中性的な顔立ちが印象的な美少女が静かに眠っている。
長い睫毛がそっと開き、はるかが目を覚ました。
大きな事故から、一命は取り留めたものの、脳にダメージを酷く受け、全身が麻痺したはるかは、寝たきりの状態だ。
「…」
喉の筋肉にも麻痺がある為、言葉は単語しか、話せない。
食事も口からは食べる事が出来なくなり、胃に直接通した胃ろうのチューブからペースト状の栄養剤や、水分を入れるのが、食事だ。
病院を退院して以来、マンションの部屋から外に出た事はなく、肌は透きとおるように青白くなってしまった。
全く動かない手足は、筋肉が落ちて細くなり、ひとりでは身体を自由に動かす事が出来ない為、ベッドにずっと横たわったままだ。
排泄も後遺症から感覚が麻痺した。
壊れた人形みたいに身体は傷だらけで、いつも誰かに世話をしてもらわなければ生きていけなくなった。
恥ずかしいというよりも、哀しくなる。
こんな姿は、家族以外、誰にも見せたくないと決意し、今までの事は全て忘れようと思った。
そんなある日の事。
「ねぇ、はるか。今日、お隣に誰か越して来るみたいよ」
ほたるがにこっと微笑み、ニュースを教えてくれた。
「そう」
「そうだよ。今日の服はこれにするね」
そう言って、ほたるが着せてくれたのは、シンプルなシャツワンピースだった。
下半身を隠すようにブランケットが掛かっている。
清楚な姿で横たわる最愛の人にほたるは満足した。
「似合ってるよ」
はるかが何かを言いかけたその瞬間、ピンポンとインターフォンが鳴った。
「ちょっと出てくるね」
「う…ん」
ほたるがはるかの部屋のドアを閉じていった為に、はるかには誰が来たのかはわからなかった。
しばらくすると、何かクローゼットの奥から物音がした。
そう言えば、この部屋の奥には開かない扉みたいな物があったような。
今まで特に気にした事もなかったけど。
「あれ!この扉、何処につながっているんだろう?よし、開けてみるか」
そんな言葉と共に現れた人は、今の自分が一番会いたいけど、会いたくない人だった。
「お前、はるかなの?」
「セイヤ…」
そこに居たのは、星野光。
今、アイドルの中では一番の人気者。
そして、はるかの恋人だった人だ。
「あれから、ずっと探したんだぞ!」
「ごめん」
はるかの大きな青い瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
星野は優しいからずっと側に居てくれるだろう。
でも、その優しさに甘えてしまったらダメなのだと思って、姿を消したのに、まさかこんな形で再会するなんて、神様は意地悪だ。
「逢いたかったぞ」
「あたしも」
「どんな姿になっても、はるかが好きだ」
そう言うと、星野ははるかを優しく抱きしめた。
「いいの?」
「もちろん」
昔と変わらない優しいまなざしに、頑なだった心が溶かされていく。
もう一度、逃げずに恋をしてみようと思った。

fin.
2015.10.20.
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