小説

□彼の琥珀色の、
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最近かっちゃんに近寄り難くなった。

今までだって決して穏やかな関係ではなかったし、普通に話しかけるのにもかなり勇気が要ったのだが、雄英に入ってから、特に戦闘訓練以降は多少僕に対する態度が柔らかくなっていたのだ。自分の勝手な思い込みだったとは思いたくない。

中学の時のように、理不尽なことで暴力を奮われなくなった。
それだけじゃない。僕から挨拶した時、中学の頃はそこに誰も居ないかのように無視されていたのに、ちらりと視線を交わしてくれるようになった。
たったそれだけのことと思われるかもしれないが、僕にとっては奇跡のような出来事だ。

この雄英高校で彼と新しく、いや幼少の頃のように友情を築けないだろうか。そんな淡い期待を抱いていたのに。


かっちゃんは最近、あからさまに機嫌が悪い。
纏う雰囲気が刺々しくて、迂闊に触れたら刺さってしまいそうなくらい。

僕に対する態度も中学の頃のそれに一変したし、どうも僕以外のクラスメートにもあたりが強くなったらしい。
切島くんや上鳴くんは、よくかっちゃんをいじって怒らせていたが、今ではそんな光景も見られなくなった。



放課後。
西陽の差す教室で、クラスメートは談笑しながら刻々と帰りの支度をしていた。
どことなく1日の疲れを匂わせる、穏やかな雰囲気が漂っている中、目の前のかっちゃんの背中が苛立ちを滲ませながら、鞄に教科書を入れていた。入れるというより、突っ込むと言った方が正しいような乱暴さ。
思わず目を伏せてしまう。

かっちゃんの支度が終わり、鞄を肩に掛ける瞬間、声を掛けてみたい気持ちがせり上がってきた。
何で最近冷たくなったの。
僕に原因があるの。
誰にも言わないから教えて欲しい。

問いただして「お前のせいだ」と言われるなら、それでも良いかもしれない。
何も判らない状況が一番不安なのだ。

そう思って彼の肩に手を伸ばしかけた時、横から別の手が伸びてきて彼の肩を軽く叩いた。

「おーす爆豪。今日この後暇なら、飯食いにいかね?切島も合わせて」

上鳴くんだった。
かっちゃんの機嫌が悪いことに気づいていて、いじるのを止めていた彼。
でも、何の戸惑いもみせない話しぶりだ。
敢えてそう振る舞っているのかもしれない。

すると上鳴くんの後ろから、切島くんが顔を出した。
「最近爆豪と絡んでなかったもんな」


かっちゃんに声を掛けようとして伸ばした手を、ゆっくり引っ込める。
僕が声を掛けたところで、しどろもどろになるのは目に見えていたし、2人が来てくれて良かったのかもしれない。

かっちゃんは、2人の顔をちらりと横目で見る。
それも一瞬のことで、何も言わずに机を離れていこうとする。

かっちゃんの態度にむっとしたらしい上鳴くんが「ガン無視かよ……」と呟いて、軽く床を蹴った。
俯いた顔が、どことなく寂しそうだった。
いつもこういう時、「まあまあ落ち着けって!」なんて言って宥める切島くんが、珍しく黙ったまま。

と思えば、キッと顔をあげた切島くんが、教室の扉に手を掛けるかっちゃんに向かって言った。

「お前、最近どうしたんだよ。誰とも話そうとしねぇし、ずっとなんか苛々してねぇか」

教室の中に満ちていた声が、一気に散る。
切島くんの声が予想以上に大きかったというのもあるけど、僕みたいにかっちゃんの変化に戸惑っていた皆が、彼の返答に期待して耳を傾けているのだろう。

重い沈黙がのしかかる張本人は、扉に手を掛けたまま固まっている。

やがて、視線だけで教室を振り返ると、地を這うような声で呟いた。

「……別に苛々してねぇよ。黙れ」

教室の空気がピキッ、と凍りつく。
そんなことお構いなしに、かっちゃんは扉をくぐり後ろ手で乱暴に閉めた。
がぁん、と音を立てたドアは、枠で一度バウンドし、ゆっくりと元の位置に戻っていく。

閉まったドアをしばらく皆見つめていたが、誰かが鞄をがさがさ整理しはじめると、また教室に音が戻っていった。

上鳴くん、切島くんが僕の方を振り返る。
2人とも困りきったような表情だ。

「緑谷。お前何か知ってるか?爆豪があんなんなっちゃった理由」
「いや……ごめん。僕にもさっぱり」
「そっか……」

3人の中にしばし訪れる沈黙。
ふと上鳴くんが、生理か?とぼそっと呟いて、切島くんに叩かれた。

そのやりとりに苦笑しながらも、不安は拭えない。
苛立っているだけならまだしも、今のかっちゃんは何というか、いっぱいいっぱいに見えるのだ。
たっぷり水を抱えた水風船のように、軽くつついたら割れてしまいそうな。
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