理(政宗/戦国)

□無事を捧げる
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あいりが帰ってきたその日、梵天丸は右目と引き替えに病より全て回復した。

あいりを連れた小十郎が城へ戻り、城は騒然となった。城主によって直ちに体制が敷かれ、医者を呼んだりと梵天丸が病に倒れた時以来の騒がしさとなった。人々は(色々な思惑はあるであろうが)一安心と言った様子だった。
ところが、このあと事件が起こった。あいりを布団へ寝かせた瞬間に、あいりの髪色が綺麗な茶色から艶めいた銀色へと変わってしまったのである。
これには誰もが騒ぎ立てた。

あいり様は神隠しに御合いになられた。
祟りだ、神の怒りを買ったのだ。

そう言って誰もがあいりを蔑み、あいりの部屋へ近づこうともしなかった。違ったのは小十郎と喜多と喜多の周辺の人物、輝宗の用意した医者位で他の誰もがあいりを忌み嫌う。中には輝宗にあいりを隔離する様に言った家臣も何人かいるようだった(輝宗は勿論取り下げたが)。
医者は流石に肝が座っていて、あいりをきちんと診た。
「不思議です。あいり様はお労しい傷を幾つも背負っていらっしゃいますが、命に関わるものは何も御座いませぬ。少し衰弱なさっている様ですので、意識がお戻りになられましたら薬を飲ませて下さい。」
医者はそう言うと、輝宗の元へと小十郎に連れられて行った。
喜多はあいりの痛々しい姿に涙を流しながら謝るしかなった。
「若姫様…申し訳ございませぬ…喜多が、喜多めが至らないばかりに…!」
喜多がそう、泣いていると突然襖が開いた。


そこには、まだ安静にせねばならない筈の梵天丸が立っていた。
「ぼ、梵天丸様!なりませぬ!」
喜多は梵天丸があいりの方を無表情で見下ろしているのを感じると立ち上がって梵天丸の方へ回る。
しかし梵天丸はいつのまに移動したのか、あいりの隣へと腰を下ろしてちょこんと座っていた。
「……」
あまりにも一瞬の出来事だった為に、喜多は唖然として梵天丸を見ていた。梵天丸は無表情であいりをじっと見ながら、あいりの頭を撫でた。
その光景に喜多は何かを感じたのか、動かずに見ていた。
梵天丸は暫くあいりの頭を撫でていた。不意に、その手が止まった。梵天丸は両手であいりの顔をそっと持つと、あいりの顔と自分の顔をこつん、と合わせた。
「おかえり、俺のあいり。」
梵天丸がそう言った瞬間、何か憑き物が落ちたかのようにあいりの顔色が良くなった。そうしてゆっくり目が開く。右眼は元来と同じく、梵天丸と同じ目をしていたが、左眼は光を宿さずに髪色と同じく、銀の色をしていた。
梵天丸はあいりをずっと同じく表情で見つめている。あいりは起きたばかりであるのにまるで全て見ていたかのような、悟っているような、そんな表情だった。
「うん。」
あいりは一言、ゆっくりと言葉を発して再び瞼を閉じた。喜多はその様子がなんとも幻想的でまるで動けなかった。梵天丸はあいりの顔をゆっくりと離すと、そのままフッと笑ってあいりの隣で眠ってしまった。

少しして喜多はハッとしたように梵天丸の元へ駆け寄る。何度か声をかけたが、返事はない。どうやらぐっすり眠っているようで、ここ最近見ない位の良い表情をしていた。その様子に喜多は起こす事を諦めて押し入れから布団を出し始めた。
丁度押し入れを開いたあたりで障子が開いた。こうして挨拶もせずに障子を開けるのは小十郎であると喜多は判断し、後ろを振り向いた。
「景綱、挨拶もせずに障子を開くとはな…にご…?」
振り向いた先には確かに小十郎はいた、が
「て、輝宗様!?」
なんと、梵天丸達の父で自分達の主君である伊達輝宗がいたのだった。
「な、何故ここに…!?」
喜多は突然の輝宗の来訪に驚きを隠さぬまま膝まづくと輝宗へと質問を投げ掛けた。
「ふむ、家臣達には行くなと言われたのだがな…あいりが心配であったのだ。…だが…」
小十郎と喜多が無言で見守る中、輝宗は梵天丸とあいりが寝ている所まで来て膝を折ると、二人を見て笑った。輝宗が梵天丸とあいりを撫でると、二人が笑った様に見えた。

「何も心配など要らぬ様だな。」




〈理/幼少期/完。〉

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