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□月夜の庭
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※石田姉設定/苗字石田固定


「三成、先走ってはいけないよ」

戦場にて、聞こえないはずの声がした。敵軍と交戦中の三成は目の前の人をあっさりと、何の躊躇いもなく切り倒す。三成の周りはまさに血の海、屍の山が出来ていた。
三成はふと、先程の声のした方へ振り向く。が、そこには誰もおらず、只自分が先程切り殺した名前も知らない敵軍の「体」が累積しているばかりであった。
三成が体制を変えて更なる敵地へと踏み出そうとしたその時であった。
「み、三成様ぁ〜!」
ぜぃはぁ、と息を切らしながら己の部下である島左近が追い付いてきたのである。
「はぁはぁ…やっと追いついた…三成様速すぎっしょ…はぁはぁ」
「煩いぞ左近、…何だ」
島左近は漸く息を整えると三成に向かって一礼してから話を始めた。
「三成様!あいり様との約束忘れちゃったんすか!ほら!今回は先に一番隊よりも行かないって!」
「…姉上…。」
三成は思い出した。戦の前に姉と話をし、約束を交わしたのだ。
『此度の戦では三成、お前は一番隊よりも先に出てはいけないよ。言ってしまえば小競り合いの些細な戦だ、竹中殿は新しく自らが組み直した一番隊の力を測りたいのだ。これは豊臣の為なのだ。三成、約束出来るね?』
その時は、自分の尊敬する姉、石田あいりが、豊臣に尽くしている姉が、間違った事など言う筈もないのだからと、二つ返事で約束を交わした。
勿論三成は他でもない、尊敬する姉の言いつけを忘れる事など無い。今だって覚えていたし、寧ろそれ以外の事など殆ど考えていなかったし(豊臣の事は別として)、自分はしっかりとそれを守っていた筈だった。
それが何故、左近に「言いつけを守れ」等と言われねばならないのか、三成は分からなかった。
三成が暫く黙っていると左近が慌てて、三成が先程ふと振り向いた方向へと指を差した。
「あー三成様?あれ、あれが一番隊ッスよ」
「…」
三成は目を凝らした。そこには、もうとっくに先へ行ったと思われていた一番隊(?)らしき人の列が見えた。
「…左近…あれは何の群衆だ?」
そう、三成はあいりとの約束は覚えていても一番隊がどれなのかは全く覚えていなかった。


*****


「はははは!それで三成はあんなに謝っていたのか!」
夜、佐和山城にて、満天の星空と明るい月を感じる中庭に二人の人影があった。1人は石田三成の姉である石田あいり、そして島左近の二名である。あいりは三成と同じ銀色をした長い髪を揺らしながらくすくすと笑っていた。
「もうあいり様!笑い事じゃあないんスよ!俺、大変だったんスから…」
左近はしおらしく言った。
あいりは島左近に万が一、三成が約束を忘れたりしていたら思い出させて欲しいとあいりが監視を頼んでいた。左近は三成様があいり様との約束を忘れるとか破るとかないっしょ!と快く引き受けたが、戦場に着いた途端に三成が真っ先に突っ走り、最初から約束を破るとは思わず…。
そう、左近は天変地異が起こるのではないのかと焦ったのだった。
まさか一番隊を認識していないなどと思う筈もなかった。それはあいりも同じだった様で、ひとしきり笑った後に
「済まなかったね、左近。後で三成には言っておくよ。有難う。」
と、心からの礼を言ってくれた。左近はその言葉だけで、三成に一番隊の説明をしたり殲滅されかかった事を忘れたのか、「何の何の〜!お安い御用ッスよ!」と調子よく庭を飛び跳ねた。
あいりはその様子を微笑ましく見ていた。

暫く左近と雑談をしていると、三成が現れた。こんな時間にも勤務をしていたのか、少々疲れた様子だった。
三成はこちらに気づくと左近の方を凝視した。明らかに機嫌が悪い。
左近はそれを見て、いやあの三成様これは、と弁解しようとしていた。見かねたあいりが三成、と声を掛けようとすると、三成が声を発した。
「左近、戦の後は早急に休めと言ったのを忘れたか…?」
三成がそう言うと、左近は「はいっ!すんません!」と言ってから一礼をしてお先に失礼します!と早々に去っていった。
あいりは左近にああ、と返事をしてから後ろ姿を見てくすくすと笑った。
「…何がおかしいのですか姉上、」
「だって…ふふっ…三成が嫉妬してるみたいだったから…」
そうあいりが笑うと三成はムッとした様子であいりの隣に跪いた。
「姉上、私は…」
「一番隊を覚えていなかったのは、もういいさ。新編成だったし…あとは、左近君と可愛い弟の頑張りに免じて。」
あいりはそう言って跪く三成を制した。
あいりは知っていた。三成がこの時間まで何をしていたのかを。それは反省の為にと、すぐさま一番隊を覚えるために自らが武芸の指導をしていたのだ。それを終えたあとも、三成は残って稽古をしていた。
心から尊敬する姉との約束を(知らなかった事とはいえ)自分は破ってしまった。その責が、三成を苛ませていた。今だって、それを知った半兵衛が自ら三成に休めと言わねば、稽古を続けていたかも知れない。あいりは知っていたのだ。この男が、弟が、恐ろしく不器用で真面目で、まっすぐだという事を。
だがそんな所が、弟の魅力的な所でもあるのだ。あいりはそう思いながら月を眺めた。
「三成、ほら月、月が綺麗だよ。」
あいりはそう言って三成に顔を上げさせた。
顔を上げた三成が見たものは、姉の長い己と同じ銀の色をした髪が月に照らされて輝き、たなびく様である。翡翠の様な瞳には月が映り込み、三成には、あいりがこの世の美しさの全てに見えた。
「はい姉上。…姉上は、お美しい。」
無意識のうちに三成が発した言葉にあいりは困った様に微笑むばかりだった。ああ、そんな姿も美しいと三成は思う。
「…確かいいお酒があったかな、三成、久しぶりに2人で話でもしよう。ゆっくりしたい。」
「姉上がそう仰られるのであれば。三成は姉上の為ならばいつ、何処へなりと駆け付けます。ああ姉上、どうかこれからも、姉上と共にある許可を。」
三成はあいりの正面へ再び跪くと、あいりの手を取り、小さくキスを落とす。あいりはされるがままにしていた。
弟が堅苦しいのも、こういった事でしか愛情を表現出来ないことも、弟が自分に酷く執着している事も知っている。
三成の愛情は重い。この歳になって嫁がないのも、三成の牽制の由緒であった。
だがあいりは、それでもいいと思っている。もしかしたら、この人生の結末は破滅や禁忌へと落ちてゆくのかもしれない、だがそれでもいいのだ。
今この時、弟が幸せであれば良いと。
「ああいいよ、三成。」
あいりは三成の頭を撫でると、立ち上がった三成に手を引かれて抱き締められる。
互いの瞳に映る月は溶けて消えた。

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