地球の言語じゃ表せない

□4/戦争が始まる5秒前
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〜東堂side〜


今日の真波の機嫌はすこぶる悪かった。放課後、珍しく時間通り部室に来たかと思ったら、部室の真ん中に置いてあるベンチにゴロンと仰向けに寝っ転がって不機嫌さを全面に押し出した顔で手足をジタバタさせて呻いた。

「ナァニしてんのォ不思議チャン」

早めに来て既に走ってきた荒北がタオルで頭をガシガシ拭きながらベンチで暴れる真波を見下ろして聞く。

なんだか今日の荒北は機嫌がいいな。

そんな荒北とは反対に、オレ程ではないが十分女子受けする整った顔を残念にもムスッと歪めた真波はむくりと上半身を起こして唇を尖らせた。

「チカに一緒にお昼ご飯食べようって言ったら無理って即答された…」

真波の口から明らか女子の名前が出てその場にいたオレと荒北と隼人はピシッと固まる。フクは今日の練習内容をホワイトボードに書いていた。

「チカ?おめさんの彼女かい?」

隼人は新しいオモチャを見付けたかのようないかにも楽しいですといった口調でぐったりする真波に聞く。

すると真波は力なく首を横に振って否定した。

「オレの幼馴染みですー…」

最近チカの動向が不審で…と疲弊したように呟くその顔はどう見ても恋していて若干ストーカー気質な粘着性の高い愛情を感じる。なんだか寒気がした。

そんな真波に気付くことなく隼人は面白そうに質問を続ける。

「なんだ、惚れてんのか?」

「えー?どうなんだろ…普通に好きですけど恋愛かどうかと聞かれたら…うーん…」

無自覚かよ。

再びゴロンとベンチに寝そべる真波はいつもの元気はどこへやら、見ててこちらがやるせなくなるレベルだ。

するとコンコン、と部室のドアがノックされる音。

ノックのあと学年と名前を言わないあたり部の人間ではないな。荒北と隼人と顔を合わせて不思議に思い首を傾げる。

「どうぞ」

と隼人が優しい声で言うと遠慮なくドアが開けられて、ドアの隔たりがなくなってその先にいたのは、随分と顔の整った女子だった。

「部活中すみません。真波山が………………居た」

パッと部室内を見回して素早く目的であろう真波を見付ける。

その瞬間、スッと目が細められた。

対する真波はベンチから勢いよく体を起こしてピョンピョン飛び上がる勢いでその女子に駆け寄る。

「チカ!どうしたのチカから会いに来るなんて!!」

さっきの憂鬱はどこに行ったのか、嬉しそうにチカと呼んだ彼女の右手を両手で握る。彼女がその幼馴染みか。

するとその女子は呆れた顔で溜め息を吐いてかわいらしい眉を吊り上げた。

「あのねー真波、出されたプリントは悪魔に魂売ってでもやって提出しろって言ったでしょ?本ッッッ当に入学早々このペースだと留年だし、留年したら指差して大笑いしてから縁切るよ?」

「えぇ〜だって分かんないんだもんー縁切るのはやだ」

「分からないのは授業出てないからでしょ自業自得以外の何物でもないわ。あんまり宮原ちゃん困らせると怒るから」

「怒ったらオレをどうするの?」

「そうだね、とりあえずドラム缶にコンクリート詰めして東京湾に沈めるかな」

……………真波も不思議だかこの幼馴染みとやらも随分独特な人間だな…。

「それはやだーチカに会えなくなるなんてオレ死んじゃう」

「え?バイカル湖の方がいい?あー…確かにバイカル湖は最大水深世界一だけど透明度も世界一だからな…バレるのヤだし」

「そうじゃなくてー!」

「何?バルト海の方がいいの?真波は我が儘だなぁ。でもバルト海か…私好きだよ。リトアニア」

「沈める所の話じゃなくて!オレはチカに会えなくなるのが嫌なの!」

「えぇ…私は真波を殺したことがバレる方が嫌だけど…ていうか話聞いてた?別に生きたまま足だけコンクリートで固めて沈めてもいいけどどちらにしても会えなくて死ぬより餓死か溺死だからね?」

「ご飯が食べれないよりチカに会えない方が問題だよ」

「じゃあこれからも私に会うためにこのプリントやって提出してね。今週中だから。できなかったらスカイツリーから紐無しバンジーしてもらう」

「分かったー!」

後輩が悪魔の契約をする瞬間を見てしまった。

チカさんとやらは真波の用が終わったのか後ろにいた俺たちをぐるりと見渡してにこりと笑った。

「突然すみませんでした」

ピシリと下げた頭はしっかり45度。育ちの良さを感じるお辞儀をして顔をあげると彼女はオレの隣にさっきから棒立ちする荒北に近寄って。

荒 北 の 髪 を 撫 で た 。

部室内の空気が凍った気がした。

やばい荒北キレるかもと焦り出すオレをよそに彼女はふわりと天使かと見間違えるような笑顔を浮かべて荒北を見つめて。

「一日に三回も会えて嬉しいです」

「な、に言って、」

「え?前に言ったじゃないですか。私は一分一秒でも長くあなたと一緒にいたいって、お忘れですか?」

「忘れてねェケドォ…」

「もっと私に愛されてる自覚と、自信を持ってください。私の愛が足りないのかなって不安になります」

「……ゴメンネェ」

「あはは。いいですよ、部活中のかっこいい荒北先輩が見れて良かった。もっと好きになりました」

「……ン…」

「照れてるんですか?かわいいですねぇ」

「…ッセ」

「素直じゃないところも好きですよ。じゃあ私先生に呼ばれてるのでもう行きますね。頑張ってください、荒北先輩」

そして彼女は荒北の頬にちゅ、と音をたててキスをして今まで見た女子の中で一番綺麗で可愛い笑顔を浮かべてヒラヒラと手を振って部室を後にした。

沈黙する部室内。

その場に座り込む荒北。

15秒ほど経って、先ほどの彼女が去っていったドアに視線を向けていた全員は座り込む荒北に目を向ける。

無言の圧力に負けて荒北は観念したように、開き直ったように声をあげた。

「チカチャンはオレの彼女です!!!!これでいいダロ!!!こっち見ンな!!!」

驚きを通り越して逆に冷静になる。

さっきの真波の幼馴染みで美少女が荒北の彼女?笑止、あまりにも冗談がすぎる。そう思いたかったが明らかにあれは荒北が攻められていた。現に目の前の不細工な彼は顔を真っ赤にして呻いている。それにしてもひどい顔だな…。

隼人も同じことを思っているのか、可哀想なものを見るような目で荒北を眺めていた。

そんな沈黙した部室に、突然真波の声が響いて。

「東堂さん…オレ、分かりました」

「な、なんだ真波」

真波を見るとやつはひどく綺麗な笑顔で荒北を見下ろしていて、オレに話しかけてるのになぜ荒北を見ている、と言おうとした瞬間。

「オレ、チカのこと好きです。恋愛的な意味で」

「は……?」

この後輩は何を言ってるんだ?この神聖な箱根学園自転車競技部の部室を修羅場にしたいのか…?

唖然とするオレとヒュウ!と笑う隼人。笑い事ではない。

荒北がゆっくり顔をあげると真波は途端に綺麗な笑顔を消して、いつもはつり目がちの大きな瞳をスッと細めて眉を潜めて眉間にシワを寄せて、それなのに口だけは笑っていて。

魔王がいる。

魔王の笑みだ。

真波はそんな笑顔のままいつもよりワントーン低い声で言った。

「チカのこと、渡したくないなぁって思ったよ?荒 北 さ ん ?」

荒北を見てみるとさっきまで照れていたのが嘘のように元ヤン顔で真波にガン飛ばしていて。

「あ?ざけんなさっきの見てたろチカチャンはもうオレのだから」

そんな恥ずかしい台詞を吐きながら二人は睨み合って並んで部室を出ていった。まぁ……ロードで勝負をつけようと言うのなら止めないが…。

案の定、ドアの向こう側からチェーンとギアが擦れ合う音が聞こえてきて少し安心する。

そんなのも束の間、楽しそうな顔をした隼人がポツリと言った。

「チカちゃん、可愛かったな」

「やめてくれ」

オレは光の速さで制止した。

これ以上事態を悪化及び泥沼化させないでほしい。

切実にそう願いながら自分のロッカーのドアの内側にある鏡でカチューシャを確認する。よし、今日もオレは美しい。

………それにしてもチカさんは可愛かったな…。

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