地球の言語じゃ表せない
□7/続.二度目まして
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意味が分からない。
首を傾げていると真波がとびきりの笑顔で説明する。
「チカがオレのルックの整備してる時、新開さんからロードの調子が悪いってラインが来たんだよねー」
「だから私に工具箱持たせたまま登山させたわけね、理由は分かった。手始めにそこの崖に立ってくれ背中を押してやるから」
親指で柵の向こうの切り立った崖を差すと真波は可愛子ぶって新開さんの背中に隠れる。
「お願いだよチカ…直してあげて」
「あのねぇ、私が言いたいのはちゃんと説明してから連れてこいってことなの。別に整備や修理ぐらい全然構わないけど場合によっては工具箱の中身だけじゃ足りないパーツとか必要になるかも知れないでしょ。そしたら来ても意味ないし」
「じゃあ次からちゃんと説明するね!」
「まぁ次が無いことを祈るし知ってる?今日はテスト前最後の休みの日だからね?帰ったら勉強しろよマジで」
そう言いながら新開さんの隣のサーヴェロに近寄る。
「はーい、じゃあサーヴェロのどこが調子悪そうですか?」
フレームに目線が来るようにしゃがみ込んで隣に工具箱を置く。ざっと目視しながら聞くと新開さんは爽やかに答えた。
「えっと、ここら辺かな?」
ピッと指を差して、それから私にウインク。
「えっと、こっちですか?」
「あぁ」
「フロントディレイラーですね。うわ〜ハコガクチャリ部はディレイラー壊す天才かな〜」
真波のルックもすぐ調子悪くなるしディレイラーの調整は面倒だからな…まぁいいけど。
私は工具箱を漁ってヘックスレンチとプラスドライバーとプライヤーを取り出した。
フロントディレイラーの確認をしてからロー側の調整に入ろうとすると新開さんが私の隣に座って地面に置いてあったヘックスレンチを指差した。
「これは何に使うんだ?」
とても爽やかで胡散臭い笑顔だった。
「え?分かってて聞いてますよね?…まぁいっか、シフトケーブル固定ボルトを開閉するときに使いますね」
ロードをいじりながら答えるとヒュウ!と返ってきてやっぱりこの人いじれる人じゃん私がやる意味なくね?
次に新開さんはプライヤーを指差して、
「なぁ、じゃあこれは?」
にこにこ爽やかで胡散臭い笑顔を向ける。なんでこの人こんなに胡散臭いんだ?真波並みだよ。
「シフトケーブルを引っ張るとき使います」
「へぇ、じゃあ靖友は?」
「私の可愛いお姫様です」
本当き聞きたかったのはコレらしい。答えると新開さんは楽しそうに声をあげて笑う。
ちなみにこの時点で真波は柵沿いに置いてあるベンチで寝ていた。
やっぱこの人チャリ部の人だーーーーーーーーーーーー。
しかも荒北先輩を名前で呼んでるから多分三年。
トップ側の調整をしようとカセットスプロケットをトップギア、チェーンリングをローギアにセットすると隣の新開さんは感心したように言う。
「おめさん、随分慣れてるな」
「まぁロード乗るだけ乗ってメンテは丸投げする誰かさんのお陰でこの通りですよ」
「それは真波のことか?」
「よくお分かりで」
「ははっ、何となくさ」
荒北先輩の質問に答えてから最初の胡散臭さは嘘のようで、胡散臭さがなくなると爽やかすぎて逆にあまり目を合わせたくないなこの人。
誤魔化すように手先の作業に集中していると、呟くように聞かれる。
「おめさんは靖友のどこが好きなんだ?」
「脳みそや眼球、汗や涙や胃液や精液、果ては荒北先輩の肺から排出される二酸化炭素まで、荒北先輩の全てを愛してますけど」
「想像してたより5000倍以上やばい答えが返ってきてオレは今すごく動揺してるよ」
「褒めても何も出ませんけど」
「見てみろ、オレの手が震えてるの分かるか?」
何が言いたいのかまるで分からないけど引かれた事だけは察したよ失礼だな全く。
「好きならそれぐらい想って当然じゃないですか」
シフトケーブルを張り直しながら言うと新開さんは優しい声で言う。
「いいや、こんな底無しに愛されるなんて滅多にないぜ?靖友は幸せ者だな」
ふと、ディレイラーから視線を外して新開さんを見ると、ふわふわの茶色い髪が風に踊って、元々整った甘い顔と青空に浮かぶ太陽の光と合わさってとても綺麗な表情をしていた。
「綺麗ですね」
「オレがか?いやぁそんな」
「荒北先輩はあなたの4620751倍は綺麗ですけど」
「………上げるか落とすか、どっちかにしてくれないか?」
途端にシュンと落ち込む新開さんはまるで叱られた仔犬のようで、真波といい新開さんといい犬系男子ばっかだな。
私はいじけた新開さんから手元に視線を戻して、作業を続ける。隣ではいじいじと雑草を抜いたり、靖友に負けた…とか呟く新開さん。
いや、負けたも何もそもそも荒北先輩と新開さんは格が違いすぎて同じ土俵に立ってすらいない。そこ間違えないでほしい。
でも、真波の先輩だし荒北先輩の友達だろうしなんだか可哀想に思えてきてしょうがない、声をかける。
「新開さんはモテるでしょ」
シレッと聞いた問いに新開さんは渋々頷く。
「でも本気で好きになってくれる子なんていない。みんなテレビの向こうのアイドルに恋してる感覚だから…」
まぁ言いたいことは分からなくもない。実際新開さんは世間一般的にイケメンにカテゴリーされるような容姿を持っている。
「オレも靖友ぐらい愛されたいよ。靖友が羨ましい」
「そうですかね。確かに私は世界で一番荒北先輩を愛していますが」
すると新開さんは力無く笑って。
「じゃあオレは?」
すごいなこの人。今日初めて話したのにいきなり自分は何番目とか聞くのか。今までどれだけ愛されなかったんだご愁傷さま。
私はトリム機構の調整のためカセットスプロケットをローギア、チェーンリングもローギアにセットしながら小さく笑う。
「私の一番は荒北先輩であって二番も三番もない。私の中では一番かそれ以外かだから」
「ロードレースみたいだな」
「そうですね」
言われてみれば確かに。でも、
「別に私の中で上位にいることが新開さんの幸せって訳でもないでしょう。私はどうやっても荒北先輩が好きで愛してるから、他の人に注げる愛情なんて生憎持ち合わせていませんし、いつか新開さんを心から愛してくれる人が現れますよ。絶対」
「絶対?」
「はい。今、新開さんに運命の人が現れるようおまじないをかけました」
「もし現れなかったら責任とってくれよ?」
「勿論です。その時はぐっちゃぐちゃのドロッドロになるまで抱いてあげます」
「………………そんな男前なこと言われたら惚れちまうだろ」
「まぁ止めはしませんけどおすすめもできませんね」
最後にアジャスターで調整して黒くて綺麗なフレームを一撫でする。
「できましたよ、新開さん」
「なぁ」
「なんですか?」
サーヴェロのサドルを掴んで立ち上がると私を追うように新開さんも立って、不意に私の手を遠慮がちに握ってくる。
真っ直ぐ見つめる先の青い瞳は、とても綺麗で少し緊張の色が混ざっていた。
「名前…呼び捨てで呼んでも、いいか?」
不安そうに何を言われるかと思ったらそんなこと。私は目を細めてあはは、と声に出して笑う。
「それぐらい構いませんよ」
「じゃあ、オレのことも名前で読んでくれるか…?」
私は握られた手を軽く握り返して。
「いいですよ、隼人」
名前を呼んで固まってしまった隼人の手からするりと自分の手を抜いて、ベンチで寝てる真波を叩き起こす。
「ホラ、真波帰るよー」
それから寝ぼけた真波を引っ張ってもと来た道を下るとき、くるりと後ろを振り返って大きく手を振った。
「ではまた、次は気を付けてくださいね隼人」
呼ばれた彼はカクカクした動きで手を振り返して、私と真波は山を下った。