地球の言語じゃ表せない

□10/正しいことを
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「そこに誰かいないか。助けてくれ」

放課後、用があって外の用具庫に訪れると中からどこかで聞いたことのある声がして、用具庫の分厚い鉄のドアに手をかける。

スライド式のドアを動かそうにもどうにも動かなくて、中にいる人は何かの不注意か、きっと閉じ込められたのだろう。

まぁ元に戻せばなにも言われないよな。

そう思って、ドアを掴んだ手を力任せに引いた。

ガコンッ、

何とも怪しい音がしてドアが外れて、外したドアをポイッとその辺に置いて中を覗くとそこには最近よくお世話になっている人がいた。

「チカか、すまない。助かった」

不器用にそう言って少しばかり表情を弛ませるのは、ツンツンした金髪の大人びた顔をしたハコガクチャリ部、主将。

「あ、福富さんでしたか。こんにちは。こんなところで何してるんですか?」

そう。私の彼氏がなついて追いかけている彼、福富寿一だった。








事情を聞いてみたところ福富さんは大真面目な顔をして簡潔に述べた。

「必要な用具を取りに来たら滅多にここは使われないからか、ドアが開かなくなってしまった」

うん。

まぁそんなことだと思ったけど。

「脚、どうしたんですか?」

私は先程見て気付いた彼の脛辺りにある切り傷を指差して聞く。すると彼は滅多に動かない表情筋を少し動かして、どことなくションボリした顔をこちらに向けた。

「ドアが開かなくなったとき、真っ暗で動いたらどこかに引っ掻けたようだ」

荒北先輩曰く、“鉄仮面”が落ち込んでる。

デカイ図体のくせしてなんてことだ小動物みたいじゃないか。

でも怪我はいただけない。

強豪ハコガクチャリ部の主将でレギュラーでましてやエースだ。私はちょこんと体育座りしている彼の背中と膝裏に腕を差し込んでひょい、と持ち上げた。所謂お姫様抱っこ。

ていうか結局チャリ部のレギュラー三年のお姫様抱っこコンプリートしてしまった…。

「早く手当てしに行きましょ。嫌かも知れませんが歩かせて悪化なんてするより抱っこした方が全然いい」

「む。すまない。…いや、それ以前に重くないのか?」

「え?見た目のわりに全然軽くてビックリしてます。なんキロですか?50あります?」

「66キロだ」

「……………ohーーー………」

体育の授業でサッカーゴールを一人で運んだら怪力って言われてそんなことないなんて笑って流したけど、もしかしたらそんなことあるのかな…。

さすがに66キロを軽いって言うのは女子としてどうだろう…いや!いやいやいや…でも私が福富さんを抱っこできるから早急に手当てができてそうすればコンマ数秒でも早く傷が治って福富さんも私もチャリ部もみんなハッピーな訳だから私が66キロを軽く感じるくらいの腕力の持ち主で良かった〜。

そんな自分への言い訳をしている内に保健室について私は塞がった両手の代わりに脚でドアを開けて中に入る。

「失礼しまーす。先生いますかー」

ずかずかと入って保健室に置いてあるふかふかの椅子に福富さんを下ろす。

キョロキョロしてみても保健室内に人気はなくて私は職員のデスクに近付く。

するとあった、置き手紙。

『職員会議中のため教員不在。保健室利用者は名簿に名前を記入して使ってね』

はーーーーーーまぁそうですよね、会議なら仕方ない。

私は消毒液に浸った脱脂綿が入った銀色のケースとピンセットみたいなやつ、それからデカイ絆創膏がなかったのでガーゼと包帯を漁り出して、それらを抱えて福富さんの元に戻る。

福富さんは落ち着かないのかさっきからキョロキョロと保健室を見回している。

「保健室、来るの初めてですか?」

そんなような気がして聞くと案の定縦に振られる黄色い頭。

まぁ福富さん怪我とかしなそうだし。

「実は私も入るの初めてなんですよ。じゃー滲みると思いますけど我慢してくださいね」

私は一応宣言してから消毒液のたっぷりついた脱脂綿をピンセットで摘まんで見てるこっちが痛くなってくるような切り傷に容赦なく押し当てる。

バイ菌とか入ったら化膿とかするし消毒は大事だ。

そう自分に言い聞かせて心を鬼にして傷口をポンポンと消毒する。

「痛くないですかー?」

「オレは強い…!」

そう言い返すも福富さんはどことなく涙目だった。

消毒をしたあと厚めのガーゼをあてて包帯できっちり傷を圧迫するように程よく巻く。

コレで出血は止まるはず。

「できましたよー。念のため今日の部活はもう出ないでください」

「ム…しかし、」

「万に一つ、億に一つでも悪化して、チャリに乗れなくなってもいいなら参加しても構いませんが?」

「……今日はもうやめよう」

「はい。エライですね」

悔しそうに、でもやっぱり落ち込んだように妥協する福富さんの隣にぽふんと座る。

あと少し安静にさせたら部室まで送っていこう。

そう思っていると福富さんがポツリと呟いた。

「みんなに遅れをとってしまう」

その覇気のない、彼らしくない言葉につられるように福富さんの顔を見ると彼は包帯の巻いてある脚をじっと見つめて、鉄仮面はやはりどこか落ち込んでいた。

「オレは怪我なんてしてる場合じゃないのに、ペダルを回さなければならないのに、なんて様だ」

自分を責めてまたションボリと背中を丸める。

私はそんな彼に苦笑いをした。

「違いますよ、確かに筋トレや基礎練は一日休んだら三日分の遅れをとるっていいますけど、きっと今回はそうじゃない」

「そうじゃない…とは」

「福富さんはいつもどれぐらい頑張っていますか?少なくとも、他の部員よりずっとずっと、努力していますよね」

「当然だ。それが強豪箱根学園自転車競技部主将のあるべき姿だ。オレたちはインターハイ優勝を守る責務がある。そのためには並みの努力では王者という称号は到底守り抜けないからな」

「それです。だからです」

少し声のトーンを落として指摘すると、包帯からゆるゆると視線をあげてやっと私に視線を合わせた。

腑に落ちないといった顔をする福富さんに困った顔で笑って見せて、思ったことを言葉に出した。

「きっと福富さんは頑張りすぎたんですよ。確かに王者の座を守るには努力に努力をするしかない。でもやり過ぎも駄目です。きっと今日はもう休めって天からのお告げですよ。もしオーバーワークなんて起こしたらそれこそもうチャリに乗れなくなるかも知れない」

「…………………そうだろうか」

「そうですよ。休息も選手の義務であり、練習の一つです。バランスのいい鍛練と休息があって初めて強くなれます。まぁ福富さんみたいに真面目な方は休息が苦手でしょうけど、休息は無駄な時間じゃありません。それも必ず力になっています」

「…………あぁ」

「とりあえず、一つ一つ確実にやっていきましょう。何より、福富さんは心が強い。それは大きな力です。あなたの誇れるところです。福富さんのすることは間違ってない、自分を信じて頑張ってください。ただし、やりすぎは禁物です」

「…分かった」

どことなく落ち込んだ顔が少し綻んで安心する。

「じゃあ行きますか。部室まで送りますので帰りは荒北先輩とか隼人とかに送ってもらうんですよ。私からも言っておくので」

そしてまたひょい、とお姫様抱っこをして歩き出す。

福富さんはすまない。と一言呟いて何となく嬉しそうな顔を俯かせた。

チャリ部の部室について、保健室に来たときのように塞がった両手の代わりに脚でドアを開けると、私と福富さんを見た荒北先輩と隼人と東堂さんが駆け寄ってくる。

「今までどこに行っていたのだフク!心配したではないか!」

「寿一もチカに抱っこしてもらったのか?」

「つーか福ちゃんナァニこれェ!?もしかして怪我したのかヨ!?」

部室のベンチに福富さんをおろして心配そうにおろおろする三人を見て思わず笑ってしまう。

福富さん愛されてるなぁ。

「福富さん、脚に切り傷あるから今日はもうチャリに乗せないでくださいね。ないと思いますけど乗ろうとしてたら殴ってでもとめてください。それが福富さんのためなので躊躇しちゃ駄目ですよ」

「大丈夫だ、お前の言いつけはちゃんと守る」

「よーしいい子」

その言葉が嬉しくてつい黄色い頭を撫でてしまった。真波や隼人みたいに撫でられて喜ぶキャラには見えないから怒ったかな?と少し焦ったけどむしろ嬉しそうなオーラが出てたからいいのだろう、まぁいいか。

そして次に三人に言う。

「荒北先輩でも隼人でも東堂さんでもいいので福富さんの風呂上がりに傷を消毒してガーゼでもデカイ絆創膏でもなんでもいいからバイ菌とか入らないようにきちんと手当てしてあげてください。私の偏見だけど福富さんは不器用そうだから多分自分じゃできないし」

「おめさんすげぇな。エスパーか」

あってるのかよ。

「あぁ、それはオレがやるヨ」

どうせ練習メニューの話し合いで風呂上がりに会うし。荒北先輩はそう言って福富さんの脚に視線を落とす。やっぱり心配なのかな。

「じゃあよろしくお願いします。あ、福富さん朝練も念のため休んでください。これはサボりじゃなく必要な休息です。ちゃんとできますか?」

「約束しよう」

「はい。では私も用があるのでもう行きます」

「チカ、用があるのに時間を取らせてすまなかった。本当に有難う」

「いいえー。私がしたくてやったので、そんな顔しないでください」

部室を出ていくとき、ほんの少しだけ不安げに揺れる福富さんと目が合った。

私は閉じかけたドアの前で振り返って目を細めて大丈夫だと、笑って見せる。

「福富さん、どうしても不安になったら私に言ってください。大丈夫だと、あなたは間違ってないと、私が証明してあげます」

そしてニカッと笑って、ドアを閉めた。

さて、外したドアを直しに行こう。

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