ノスタルジア
□彼女という立場
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あたしは電話でしかジュンと触れ合う事が出来ない事に不安を抱いていた。
関東と関西の距離は、思っていたよりも遠くあたしの心に重くのしかかっていた。
ジュンのバンドが関東でLiveがある時は必ず行った。でも、彼女だとはファンの子には絶対に秘密にしなければならない。
思っていたよりもそれは苦痛だった。
打ち上げでファンの子に『ジュンさんのファンなんですか?』と聞かれ、違うと答えるのも苦痛だった。
あたしは打ち上げでジュンの近くに座る事はなく、他のメンバーと話をしていた。でも、気になるジュンの行動。
そんな時にアツシがあたしの隣に座って小さな声で言った。
『打ち上げ抜け出させてやるわ。お前外で待ってて』
『どういう事?』
困惑していたあたしに笑顔でアツシは
『二人にさせてやる』
そう言ってあたしの肩を叩いた。
誰にも気付かれない様に…そっと居酒屋を抜け出す。心臓は激しく波打っていた。
外に出たらまだ暑い。9月はまだ夏なのかな…なんて思っていたらアツシから電話が鳴った。
『バスのロータリー辺りにいてや』
『うん…』
あたしはもう走っていないバスのロータリーまで移動した。人通りも少なく、少し寂しかった。
うつむいていると、バンドの機材車が目の前に止まって、助手席からジュンが顔を出す。
『ごめんな。後ろ乗って』
あたしは言われるがままに後部座席に乗った。車は走り出す。
『隣の駅まで行くし、二人であとは何とか出来るやろ』
アツシはあたしの気持ちを見透かす様に言う。
ジュンは無言だった。
『ありがとう。』
あたしもそれを言うのが精一杯だった。
あっという間に車は隣の駅に着く。
あたしとジュンは車から降り、笑顔で手を降るアツシの乗った車を見送った。
時間は深夜4時を過ぎていたせいで街は静かだった。
無意識にジュンの手を握る。ジュンはあたしに笑顔を向けた。
『打ち上げ抜け出したん初めてや。ごめんな。なかなか相手出来ひんくて。でも、これから明日のLiveまで二人やね。』
少し照れているのか、ジュンは少しだけうつむいて言った。
『うん…嬉しいよ』
あたし達は行き先を探して歩いたけど、知らない街は迷路の様だった。でも、手を繋いで歩いているだけで、あたしは幸せだった。
ふとホテルの看板が目に入る。戸惑いながらジュンはあたしの手を引いた。
『ここなら明日の昼位までいられるな』
あたし達はそこに入る事にした。心臓はまた激しく波打っていた。
部屋に入ると本当にジュンと二人きりで、あたしはどうしたらいいか分からずに、近くにあったソファーに座った。
『あ〜疲れたわ。シャワー浴びてくるな。』
ジュンは平然なんだろうか?あたしだけこんなにドキドキしているの?
シャワーを浴びたジュンが戻ってくる。
『Liveの後にシャワー浴びてないからさっぱりしたわ』
『良かったね。』
ジュンはベッドに寝転がる。あたしはドキドキしながらジュンの側に座った。
『アヤもシャワー浴びてきたら?』
ジュンはあたしの目を見て優しく言う。
あたしはまだドキドキしながらシャワーを浴びに行った。
もしかしたら寝てるんじゃないか…そんな不安もあった。
『ただいま。』
あたしがそう言うとジュンは優しく抱きしめて『好きやで。ずっと二人きりになりたかった。』
そう言ってくれた。
『あたしも。明日まで一緒で嬉しいよ。』
それが、あたしとジュンの最初の夜だった。
あたしは幸せでいっぱいだった。