小説本文
□あおいろ
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たとえば、海を愛して海に愛される者をどうやって振り向かせる事ができるだろう。
「海は気まぐれだ。穏やかそうに見せていつだって牙を向けてくる」
「そうね、だから楽しいわ」
「今にも裏切るかもしれない」
「腕が試されるわね」
「どれだけ想っても報われないぞ」
そこで始めてナミは破顔した。
ローの後ろに広がる大海原を映して恋焦がれる者の目で青を捉える。
「それでも良いのよ。報われなくても構わない。
偽りの誰かを心に入れるくらいなら私は海の中に沈みたい」
純粋な少女のようなあどけなさでナミは両手を広げると、何かを抱擁するように宙を抱いた。
そのまま柵を乗り越えてしまうのではないか。
ローは咄嗟に手を伸ばした。
黒い腕を軽々とすり抜けると朗らかな笑声が響いた。
嘲っているわけではない。
だが、酷く遠くから聞こえるような気がする。
「悪いわね。私はやりたい事があるから簡単には死なないわ」
あんたが真面目だからからかってみただけよ、と上機嫌で船首に歩いていく姿はどこまでも挑戦者で、後に残されたローは苦い顔をするしかない敗北者だった。
《終》