小説本文

□お望みのままに 
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 「さあナミ姉さん、次はどこに行くべ?」

 バルトロメオは緊張と照れと喜びではち切れそうな顔をさらにくしゃくしゃにさせてナミに伺いを立てる。
 その手にはすでに有名なブランドのロゴが刻まれた紙袋をいくつも持っている。無論、全てナミの物だ。

 風光明媚な港町は観光地としても知れ渡り、温暖な気候で今日も青い空にカモメが飛んでいる。避暑を楽しむ滞在客を楽しませるのは美味しい食事と何といっても買い物だ。子供でも買えるカラフルな包装のお土産から溜息が出るほど高価な宝飾品までここでは何でも手に入る。

 ナミが買い物に出ると言うと「ぜひお荷物持たせて下せえ!」とバルトロメオは即座に手を上げてきた。

 「そうね…向こうの通りに新しいお店が出来たらしいから覗いて見ましょうか」

 ナミがたおやかに微笑むとバルトロメオは一瞬で茹蛸のように赤くなり、滝が流れ落ちる勢いに等しい涙を必死で堪えている。

 泣いたら買い物は終わりだからね。

 出かける前に釘を刺さしたが、忠実に守るバルトロメオの従順さにナミは苦笑する。呆れが含まれているが全く裏表のない心からの賛美は素直に嬉しくなる。

 フィッティングルームから新しい服を纏って出るたびバルトロメオは店員以上にナミに見惚れ褒め称えた。目を丸くする店員に、

 「彼、私のファンなの」

 ナミは堂々と答えた。
 思わず片膝を突きたくなる女王の風格だ。

 「ナミ姉さん」

 ナミの意識がアーケード街に戻る。

 「あの靴、お似合いになるでねえか?」

 バルトロメオはショーウィンドウの中に飾られた工芸品のように美しいパンプスとナミを交互に見ている。
 確かにその靴は繊細な作りで優美としか言いようがない。履いたら世界の見え方が変わりそうだ。

 だが、ナミは一歩引いて店名を確認すると嘆息した。店構えは小さく地味に見えるが、この店は様々な店がひしめき合うアーケード街でも指折りの老舗だ。ショーウィンドウに並べられている値段の付いていない靴たちはちょっとしたお宝並みの値がするだろう。

 「綺麗だけど…」

 ナミが口を噤んだのには理由がある。
 今日の買い物の支払いは全てバルトロメオ任せだった。レジに向かうとバルトロメオが既に支払いを済ませているので狂喜したが、鶏頭の海賊はそれ以上に喜ぶナミを見るのが嬉しいらしく景気良く財布を開けていく。

 ナミは奢られるのは好きだが一定以上になると警戒心が働く。

 黙ってしまったナミの横顔をバルトロメオはにこにこしながら見つめる。

 「ナミ姉さんは美人なんだから綺麗な服や靴を身に着けるのは当たり前だべ」

 荷物がなければバルトロメオは巨躯を縮め石畳に膝をつき恭しく見上げながら説得にかかっていたかもしれない。
 あまりにも疑いがなさすぎて面白くない。
 私は確かに美人だけど汚い所も沢山あるんだからね。
そうぶちまけられたらどんなに楽か。吐き捨てた所で今度はその隠し立てのなさに更に崇拝の念を高めそうなのでとても言えない。

「綺麗な物は好きだけど、こういう時は止めなきゃ駄目よ?使い過ぎるとか、どうしてこんなに買う必要があるのかとか」
「そりゃあできねえべ!」
「バルトロメオ君の方が年上なんだからしっかりしなきゃ」

腰に手を当てて憤慨するふりをしたナミは話題をすりかえた。そして自分が言った台詞ににやりとする。
ナミは困った様子でおろおろするバルトロメオの手から紙袋を半分奪うと、空いた腕に手を滑らせた。

「お兄ちゃんしっかりしてよ」
「っっっ?!へえっ?!」

腕を組んでナミは歩き出す。

「おっおっお兄ちゃんって何事ですか?!」
「だって私よりも年上じゃない。バルトロメオ君が年下の私の事を姉さん呼びするよりもよっぽど自然だわ」

踊るように弾むヒールと地に足がついていないふわふわとした靴音が石畳の上を抜けていく。

「それともバルトロメオ兄様の方が良い?」

 バルトロメオは良いように翻弄され、体を九の字に曲げたり頭をぶんぶん振ったりする。すると吊り下げられていた看板に頭をぶつけて大きな音を立てるが、こぶが膨らんでも全く気がついていない。

「ナミ姉さん…勘弁して下せえ…!」
「…私、兄が居ないから一度こうしてみたかったの」

 さりげなく腕に胸を押し当てられ上目遣いでお願いされて断れる筈がなかった。

「…今日だけだべ?」

腕を組んで買い物を楽しむ。
恋人らしい行為だったが、甘ったるい雰囲気はどこにもなく、気まぐれで悪戯好きな妹に振り回されている兄、と言われると妙にしっくりときた。



サニー号に残った一味は船に戻ってきた二人に歯噛みした。
ナミと腕を組んで買い物。それは心底羨ましい。羨ましすぎる。だがそうなるには潤沢な資金があり、かつ兄扱いされても良い覚悟がなくてはいけない。
決して恋人にはなれないがおいしいポジションを過ごしたバルトロメオは今も夢見心地で周囲に花を浮かばせている。

このままバルトロメオの背中を蹴って海に落としてやりたいが沢山のプレゼントを買って貰って上機嫌なナミが鉄拳をお見舞いしてくるのは間違いない。

何もできないジレンマがぎりぎりと歯軋りになって海に響き渡った。



   終

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