小説本文

□雨の傘
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 空からドロップが降ってきた。
 頑是ない子供が悪戯に缶を引っくり返したかのように色とりどりの粒が地面にぽんぽんと落ちていく。

 おいしそう。

 自然とそう思ったナミはこっそりと舌を出そうとした。

 「甘くねえべ?!」

 だがびっくり仰天と言うに相応しい叫び声に慌てて口を閉じる。
 ナミが軽やかに振り返ると大口を開けて空を見上げるバルトロメオが残念そうに眉を八の字にしている。身なりも言動も派手だが、麦わら一味に関する事には律儀極まりない。今もナミの隣を歩くのは恐れ多いと三歩下がって従ってきていた。

 「味がしないの?」

 まるで普通の雨のように。
 やわらかに首を傾げて尋ねてくるナミにバルトロメオはたちまち赤くなり高速で頷く。

 ドロップのように鮮やかな雨が降る島。きっと絵本の如く綺麗なのだろうとナミは思っていた。まさにその通り、ため息が零れるほど幻想的で目の前の光景を額に納めたい位だったが、現実はそう甘いものではない。
 ぽんっと頭に当たる雨粒はドロップのように弾かれる事はなく柑橘色の髪にしっとりと吸い込まれる。
 雨はやはり雨なのだ。
 バルトロメオは慌てて胸の前で指を結ぶ。バリアを張る能力を駆使し円錐状にバリアを張り合わせて頭上に展開する。
 即席の傘が出来上がったが、ナミは喜ぶ前に再び首を傾げた。バリアはなぜか自分の頭上にしか張られておらず、バルトロメオの体は雨に晒されたままだ。
ナミの視線から逃れようとバルトロメオはあさってを向く。

「オラは濡れて歩くのが好きなんで…」

相合傘になるなんて怖くてとても出来ないと、ごにょごにょと口の中で言い訳を呟く。緊張と恥ずかしさで心臓が口から飛び出しても可笑しくない。視線を感じるだけで体温がどんどん上がっていく。これ以上醜態を晒したくないが自ら声をかけて先を促すなど天地を引っくり返しても無理だ。
バルトロメオはちらりとナミを伺うと鮮やかに笑みを返されて脳みそが爆発しそうになった。くらくらする視界の端で爪先の出たサンダルが水溜りの端をちょんと叩く。

 「私、わがままなの。足が濡れるの嫌だがら抱っこしてくれない?」

 バルトロメオは目の前が真っ赤に点滅した。思考が瞬時に焼け焦げて煙を上げる。
 無理とも出来ませんとも言わず無理矢理悲鳴を飲み込むと、あらん限りの力を使って傘を巨大化させる。そしてびゅんっとナミを追い抜きまともに機能しない感覚の中、本能だけで乾いた場所を見つけて歩き出す。

 色とりどりのドロップが弾けるようにナミはころころと笑った。



《終》

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