小説本文

□琴線
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 ぴんっと心臓を指で弾かれたようだ。
 良くない兆候にキラーは顔を顰める。元々、感情が表に出ない性分だが、それでもあの賢しそうな娘にかかればたやすく見破られてしまいそうで仮面を被っていて安堵する。

 酒場のカウンターの一角。真っ赤な巨躯とオレンジの髪を目標にキラーは進む。陽気などらま声が飛び交う酒場でそこだけ空気が違っており、争い慣れしている荒くれ者達があえて見ないようにしている場所でもあった。カウンターに佇む店主だけが二人が傾けた杯に酒を満たしていく。

 先に杯を空けたのはキッドだった。
 だが間髪入れず隣の娘も一気に飲み下す。
 惚れ惚れするような動作にまた、内側がさざめく。
 その時、くるりと大きな瞳がこちらを向いた。

 「鉄仮面のお兄さんも一杯いかが?」

 名前、名前、そうナミだ。麦わら一味の航海士。数瞬遅れてキッドが一瞥してくる。長年の付き合いだからこそわかるが素面に見え実はてかなり酒が回っている顔をしてる。キッドが酔い潰れるなんて滅多にないがあと何杯飲めばどうなるかわからない。
 それなのに隣の娘は平然としている。琥珀色のとろりとした液体を優雅に口に含むのにつられてキッドも杯に手をかけるが、そのタイミングで待ったをかける。

 「キッド、そろそろ出航だ」

 嘘だった。ログはまだたまっていない。勿論それを知っているキッドの額に筋が浮かぶ。剣呑な気配に近くの客達が驚いて後ずさっていく。船長をサポートする役目とはいえとんだはずれくじだが、頭に醜態を晒させる位なら己が泥水を飲む。
 それがわからないキッドではない。舌打ちをしながらカウンターに金を叩きつけた。二人分は余裕であるだろう、それでこそ男だ。
 椅子を不機嫌に立ち上がったキッドの後に続こうとした時、

 「私、察しの良い人って好きよ」

 からかうような甘い声がかかった。
 声の主は知れているので、わずかに肩をすくめるだけで返す。
 肩越しでわずかに目があった。

 俺達の船長をからかうな。
 海賊王になるのはルフィよ。
 火花が一瞬散った先にお互いの誇りが透けた。引く気はさらさらないらしい。
 それはキラーも同じだったが無駄に争う気はない。
 挑戦的だった黒い双眸からすっと艶やかさが消えた。透明な視線から感じるのは立場は違うが同士を見つけたかのような淡い喜び。信頼と苦労が比例するのはどこも同じらしい。

 だがそれも一瞬で酒場の喧騒に掻き消される。
 すぐさまキラーも踵を返した。
 良い女は居るだけで火種になるから始末が悪い。
 高鳴る鼓動をキッドに気づかれないようキラーは静かに歩き出す。



《終》

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