小説本文
□恋するベビー5
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宮殿の廊下に苛立ったヒールの音が鳴り響く。総じて真っ赤な唇に咥えられた煙草もみるみる減っていく。
かつんっと大きな扉の前に立ったベビー5は、鍵の掛かった扉をものともせずに蹴り開いた。
「ちょっとあんた!どういうつもり?!」
貴族のような豪華な部屋の中に扉の破片が飛び散っていく。所狭しと詰まれた贅沢品の真ん中には金細工のあしらわれた特大のソファが鎮座している。そこには轟音を物ともせず、優雅に膝を組んで雑誌を読むナミが居る。
ベビー5は咥えていた煙草を乱暴に投げ捨てるとナミに詰め寄って胸倉を掴んだ。
「若様に口答えしたらしいじゃないの」
ナミは冷ややかに微笑む。
「なんの話かしら?」
激昂したベビー5は片手を短銃に変貌させるとナミのこめかみに押し当てた。
「若様を侮辱してただですむと思っているの?何が不満なの?!」
「ここは檻だわ」
冷然としたままナミは足首につけられた枷をしゃらんと鳴らした。
「あの男が私に何て言ったと思う?」
ナミは脅されているのに、逆にベビー5を脅すように言った。
海軍本部を冷やかしに行っていたドフラミンゴは王宮に戻って部下から報告を聞いていた。琥珀色の酒を飲もうとした所で、幹部達が「そういえば」と何気なくベビー5がナミの所へ行ったようだと言い出して酒を噴出しかけた。ドフラミンゴは即座に部屋を出た。幹部達は大丈夫だろうと笑っているが、心配なものは心配なのだ。誘拐して枷をつけて、常に手元に置けるようにしたのに少しも己の物になった気がしない。ひんやりとした微笑を向けられるたび不安を隠そうと大仰に言葉を重ねた事もあったが、それでも動向に過敏になってしまう。そして壊れた扉が近づくにつれその不安は益々昂ぶる。
「そうなの!あの男は最悪なの!」
「付き合った男が気に入らないからって普通街ごと吹き飛ばさないわよ」
「そうよね?!私の幸せに難癖ばっかりつけてそんな事がもう八回…」
「引くわ…」
ナミはベビー5のグラスに酒を注ぐ。高級酒を安酒の如く一気に煽ったベビー5はボロ泣きしながらソファに突っ伏す。
「…私もう幸せになれない」
すすり泣くベビー5の背をなでながら、ナミは扉の前に立ち尽くすドフラミンゴを凍土の如く厳しい瞳で射抜いてくる。
弁明したい。
ドフラミンゴは心から思った。
不安が的中したが、部屋に乗り込める空気でもなく、その巨体を珍しく所在なげにしながらドフラミンゴは立ち尽くすしかできなかった。
終