小説本文
□HELLO WORLD
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2015年3月12日に発行したドフつる無料配布本です。
25巻のドフラミンゴとおつるさんのやりとりが凄く好きで、77巻でまさかの追う側追われる側の関係だったなんて…!!!(ばんばんばん!)
糞ったれな天気だ。
口の悪い者だったらそう呟いていただろう。
潮風の流れる波止場は穏やかで、千切れ雲が浮かぶ空は高く澄んでいる。決して悪態をつくような天気ではない。
だがその場に整列する海兵達の少なからずが今日という日、晴れてしまった事を恨めしく思っていた。
新しい七武海の誕生。
元懸賞金額三億四千万ベリー。
天夜叉の異名を持ち各地に悪名を轟かせる海賊が今日を境に合法的な存在に変わってしまう。その理不尽さに自然と顔が険しくなるが騒いだ所で何も変わらない。
正義を背負う海兵達が整然と居並ぶ真ん中を悠々と歩く男には、突き刺さる視線の鋭さがわからないようだった。否、わかっていながら胸を張れるだけのふてぶてしさが備わっていた。
美しく均された道を尖った爪先が叩く。巨躯に鮮やかな桃色の羽で出来た上着を引っかけ歩む姿はその場の誰よりも華やかで、自由だった。そして海軍という大きな組織の中に放り込まれても一切染まらない異物であるとわかってしまう。
ドンキホーテ・ドフラミンゴ。
本日より七武海入りする海賊。
ポケットに手を突っ込んで歩いていたドフラミンゴは前方に佇む人影を見つけると足を止めにやりとした。鋭角なサングラスの下から無遠慮に睨みつける。
「近くで見るとただの婆だな、おつる」
海兵たちの膨れ上がった殺気は枯れ木のように細い手で制された。
おつると呼ばれたのは海軍の中将であり大参謀と呼ばれるおつる本人だった。皺の刻まれた面は品が良く小柄でもすっと伸びた背筋が凛々しい。長年第一線で戦い続けた風格はドフラミンゴを前にしても押し潰される事なく存在感を示している。
おつるに制された海兵達は思わず唇を噛んだ。不服だったからではない。長年おつるがドフラミンゴを捕らえようと戦い続けてきた事を知らない者はいない。それが手の届く目の前に居るというのに縄を打てない立場になり、胸の内を思うとやり切れなさが吹き出るのだった。
「ただの婆なんで否定はしないさ。円卓へ案内するからついておいで」
怒りもなく、潔いほど淡々と言い切るとおつるはコートを翻して歩き始めた。
陽光に輝く正義の二文字にドフラミンゴは肩を揺らして笑った。
ドフラミンゴの七武海加入。円卓が収集されたのはその為だった。手続きという程上等な物はなく聖地マリージョアへと招かれ卓を共にするという行為が大きな意味を持つ。故に話し合い自体もあっさりと終わった。元々、脅されて七武海の椅子を用意したのだから友好的とは言えない集まりは早々に終わりを告げた。
机に飾られた一輪挿しの花が風に吹かれて微かに揺れた。
執務室に戻ったおつるは机の上に乗せられた書類に筆を走らせていく。七武海加入という厄介な仕事に追われる日々が続いたがそれで通常の業務が減るわけではない。処理する手に淀みはない。例え開けっ放しの窓からばさばさと派手な音を立てて上がりこんでくる侵入者が居たとしてもちらりとも見なかった。
だが無視される事に慣れていない侵入者は手入れの行き届いた執務机にどかりと腰かけ高らかに手を広げる。
「辛気臭い部屋だな。遊び心が足りない」
「仕事をするには不要だよ…何の用だい」
「そんな石頭だから俺を捕まえられなかったのさ」
「頭の固さと規律を守るのは別問題だよ。冷やかしなら帰りな、ドフラミンゴ」
「めでたい日なんだからそう邪険にするな」
その声はどこまでも上機嫌だった。海軍にとって苦々しい出来事でもドフラミンゴにとっては思惑通りの展開に笑いが止まらないのかもしれない。くつくつ体を揺らすと片手に携えていた花束を書類の上に放った。
ようやく顔を上げたおつるにドフラミンゴは芝居がかって両手を翳す。まるで降参しているという風に。
「何のつもりだい」
「俺なりの誠意さ」
屈みこんで思慮深い瞳を覗き込む。
「過去に色々あったが水に流してすっきりしようぜ」
不遜な彼なりの和解。
ではなかった。
両手を翳したと同時に皺枯れた喉に糸を巻きつけて脅しをかける。
いつ如何なる時でも主導権を握っていないと気がすまない暴君ぶりにおつるは長年追ってきた海賊らしい行為だと妙な感慨に耽った。筆を置き手を伸ばそうとすると糸が僅かに締まる。能力を使われる事を警戒しての動きだったが老練な参謀はゆるりと微笑んだ。
「お前さんがそうぴりぴりせずとも何もしやしないよ」
乾いた掌が金色の頭に置かれゆっくりと撫で回される。能力を使う素振りがなかったのでドフラミンゴは謀らずしもされるがままになる。
首に巻きつく糸の感触におつるは思う。
これが数十年前の血気盛んな頃であれば怒りと恥辱のあまり殺されるのを覚悟で銃を撃っていただろう。生憎と今の自分はその激情を飼いならす術を心得てしまっており、体は軋みを上げる寸前だ。
だがおつるがドフラミンゴに対抗する術がないようにドフラミンゴにも切れる札が限られている。
ようやく手に入れた七武海の椅子。ここでおつるの首を落とし揉み消すのは簡単だが、海軍の特に上層部から余計な目をつけられるのは確実だ。この地位を利用してあれこれ画策している身には面倒な話だ。
おつるは嫌味なほど優しく頭を撫でる。
「お前さんの悪戯なんて可愛いもんさ…いい子だから手をお引き」
枯れた手の下でドフラミンゴの顔が複雑そうに歪む。
嬉しいような嬉しくないような。
怒鳴りたいのか舌打ちしたいのか。
手を払いのけたいのかそのままが良いのか。
半端につきかけた悪態を飲み込んで口が歪んでいる。
するりと目に見えない糸が離れたのでおつるは撫でるのを止めた。
「しかし花なんて洒落た物を持ってくるなんて以外だね」
「女の手土産には花束に限るってのが部下の言葉だ。姥桜とは良く言ったもんだな…おつるさん」
「なんだい気持ち悪いね」
「フフフ!俺が人への評価を改めるなんて滅多にないんだ!自慢していいぜ」
「あんたの悪趣味な評価なんて一文の得にもならないよ」
嘆息するおつるを見据えながらドフラミンゴの手が何気なく翻る。するりと、今まで頭を撫でていた手、小指に糸が絡まる。このちっぽけな老女の手によっていくつもの拠点が潰され息のかかった組織が捕縛されていった。ドフラミンゴ自身も何度も追い詰められた。
「俺達はもう同じような立場になった。これからは仲良くやっていかなきゃいけないだろう?だけど色々あったからな…さっぱりする為にも証を立てようぜ。俺はおつるさんのこれが欲しい」
「そうかい。じゃあ私はこいつを頂くとしよう」
おつるは糸が絡まっていない方の手でドフラミンゴのサングラスを器用に外した。
「おや可愛い目をしているね。皆にも見せたいくらいだ…館内放送をでも入れて総出で見送りでもしようかね」
「…食えない婆だな」
「何年角を突き合わせてきたと思っているんだい?」
「まあな、我慢してから食べた方が美味いんだろうが俺は我慢が嫌いだ」
「じゃあ取りあえずこれで我慢しな」
おつるはサングラスを置くと懐から飴を取り出し大きな手の中に滑り込ませた。
「駄々ばっかりこねる子供にはこれで充分さ」
「…本当にいい度胸しているな…俺を飴一つで釣ろうってのか…」
ドフラミンゴは飴とおつるを交互に見てから口元に悪党らしい笑みを浮かべた。
「まあ俺はいい子だからな、これで手を打ってやろう。次はもっと良い物を寄こせよな」
ドフラミンゴはおつるの指から糸を解きポケットに飴を押し込めた。机から勢いよく降りると桃色の羽がぶわりと広がる。来た時と同じく窓から出入りするようだ。窓枠に足をかけて振り返る。
「じゃあな、おつるさん」
次があって当然という顔で別れを告げるとあっという間に空に消えていった。
急に静けさに満ちた部屋でおつるはこめかみを揉んだ。認めたくはないが自分とドフラミンゴは似ている。海軍の英雄ガープがゴールド・ロジャーを生涯の敵と認めて追い掛け回したように、おつるもドフラミンゴだけはどうしても己の手で捕まえたかった。
前者は分かち合える同類だったが、後者は同属嫌悪だ。
海軍の中であの無法者と渡り合えるのは恐らく自分だけだ。ナイフを向け合いながら一緒に綱渡りをするような関係になりそうで頭が痛い。だが頭をぎりぎり絞って紡がれる危ういやりとりを思うとほんの少し胸が燃える気がして嫌な性分だとおつるは苦笑した。
ドフラミンゴは上機嫌で空を走る。
憎くて腹立だしくて殺してやりたいと思っていた相手があんなに愉快な存在だとは予想外だった。糸に絡みつかれたのにあそこまで平然としていた者は初めてで愛しささえ感じる。大抵は無様に泣き叫んで命乞いをするのが普通だ。あの澄ました老婆に何をやったら化けの皮が剥がれるのだろうか、考えるとぞくぞくする。
ドフラミンゴはポケットに入れた飴を思い出して高らかに笑う。
いい子で、子供で、飴で充分で。
初めてづくしだ。
今日みたいに優しくしてくれるのであれば殺すのはほんの少し先伸ばしてもいい。
生涯の敵。生涯の腐れ縁。
これから贈られる花束は少しずつ大きくなり、飴以外の菓子が用意されるようになるまでそう時間はかからなかった。
終