小説本文

□甘さの代償
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 傷つけてしまわないようにいつも必死で抑えていたのに、零れる吐息の切なさに煽られて一瞬我を忘れてしまった。

 線の細い輪郭を包んで口腔を貪る。
 唇をぴたりと合わせてから緊張と恐れで破裂寸前の心臓の存在を忘れる努力をする。でないと発狂しそうだった。伝わるやわらかさと熱さに体の芯が滾る。舌と唾液が絡まり泣きたくなるほど幸せでそして心地よい。

 「っ…んっ!」

 普段は触れるのも躊躇うくらい愛しい人なのに、時折、自分でも何をしでかすのかわからない事をしてしまう。

 今もそうだ。

 牙を持つ身のくせに慎みを忘れたから罰が下る。
 広がる血の味に背筋が凍った。

 慌てて離れるとバルトロメオはくしゃくしゃに顔を歪めた。

 「血がっ」

 とろりと半開きになったナミの口から覗く舌にうっすらと血が滲んでいる。

 「すんません痛えですよね?!オラが馬鹿やっちまったばっかりに…」

 自分の歯は鋭い。そのせいでナミを決して傷つけてはいけないと胆に命じていたはずなのに。天にも昇る気持ちになるからこそ戒めていたのに。

 バルトロメオは半泣きになりながら消毒か薬かと右往左往する。涙が零れ落ちないのは目の前の愛しい人が泣いていないのに自分が情けなくも崩れ落ちるわけにはいかないというなけなしの矜持があったからだ。

 「血…出てるの?痛くないわ…」
 「何か口にしたらきっと染みますって…薬を探してきます」

 大急ぎで駆け出そうとすると腕を掴まれて引き止められた。

 「バルトロメオ君のせいなんでしょ?なら舐めて…?」

 突き出された舌のぬめった鮮やかさにくらりとする。腿に跨る足がきゅっと締めつけてきて今すぐその脛に縋りつきたくなる。
 
 自分のせいなんだからと反芻して舌先を絡めた。常にはない鉄錆の味が共有されると不思議と高揚して申し訳なさが薄れた。腕に縋る指が小刻みに震えているのに気がつき脳髄がさわさわと粟立つ。

 「っぁ」

 本当に痛みはないのだろうかと心配しながらバルトロメオは舌をなでる。唾液が覆っていたらしみない気がして丁寧に包み込むとはしたない水音が響く。このような時、長い舌は便利だ。ナミのそれを絡めとってもまだ余裕がある。怪我をしているのに動かそうとするので巻きつけて抑える。

 「やっ」
 「ナミ先輩動いちゃだめだべ」
 「やっだ…」

 無茶を言うのでバルトロメオは困ってしまった。

 「本当は痛えんでしょ?」

 涙が盛り上がった瞳を見てバルトロメオは確信したが、ナミは頭を振ると震える手を伸ばして首に縋りついて来た。

 そしてやわらかく唇を食んできた。

 バルトロメオがいつもそうするようにありったけの優しさを込めて啄ばみ輪郭をなぞりながら鈍感と囁かれた気がした。

 「痛くないから…いつものしよう?」

 一語ごとに含めるように艶を持たせて紡がれる言葉にバルトロメオは再沸騰する。
 いついかなる時もナミに逆らえたためしがない。今度は絶対に傷つけないと誓いつつぎこちなく口づけを返した。


      終

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