小説本文

□さわりたい
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 ナミがちらりと見上げるとバルトロメオはぎくりと飛び上がって一目散に距離を取る。


 勘が良いな、と内心では感心するが、表には出さずあくまで不満そうに唇を突き出してみる。しかしそれもすぐに失敗してナミは愉快そうに笑った。真っ赤になったバルトロメオが大きな体を縮めて途方にくれている。


 きっかけは好奇心だった。


 熱心に褒め称えてくれるのに目も合わせられない。

 いつだって物陰からそわそわしてこちらを伺っている元暗黒街のボスに抱きついてみたらどうなるのだろう。


 ナミは気配と足音を消し、無防備な背中に忍び寄ってぽすんっとそこにしがみついた。腕を回して頬ずりすると暗褐色のコートは意外な程良い肌触りで高価そうな気配に自然と頬が緩む。


 「あん?」


 上から聞こえてくるどこか刺々しい声音はナミが耳にしたことがない響きだった。

 首を捻って視線が刺さる。


 「あっ?!」


 ナミはコートから顔を上げてとびきりの笑顔を向ける。


 「バルトロメオって意外と抱き心地が良いのね」


 コート越しでもわかる熱した薬缶の如く熱くなる体。

 皮膚の下には血が流れている、そんな当たり前のことを思い出させるくらい真っ赤になっていく。丸く見開かれた目の中に自分が居る。なんだか可愛いな、と思った次の瞬間、バルトロメオは鼻血を出して卒倒していた。


 それ以来、バルトロメオはナミを見かけると羞恥心が爆発して拝みながら全力で後ずさっていくという器用な動きをするようになった。無論、ナミが近づいてきても過剰に反応する。


 「そんなにびくびくしなくてもいいのに」

 「…心臓に悪いです」


 今にも心臓が止まりそうな顔でバルトロメオは泣き言を洩らす。


 「人食いなんて立派な通り名がついているのにそんな声を出すなんて」

 「だってナミ先輩が…」


 口の中で消えていく綿菓子のように言葉が溶けていく。俯いてしまったバルトロメオに苦笑を一つ投げかけてナミは歩き始める。忠犬気質な大男は言われなくとも着いてくる。影を踏むのも恐れ多いといつか言っていた。


 「…オラのこと嫌になったりしねえんですか?」


 迷った末に出てきたかすれた声だった。


 「その答え、聞きたいの?」


 バルトロメオが口を噤むと知っていながらナミはそう答えた。自分の意地悪さに驚きながらそれでも泣きそうになっているであろう人食いを想って唇を綻ばす。


 「私はあんたが想像しているよりも抱き心地が良いのよ?

だから、早く抱き締めにきなさいよ」


 完全に固まってしまったバルトロメオを置いてナミは軽快に進む。

 皮膚の下には血が流れている、そんな当たり前のことを思い出させるくらい真っ赤になった頬を見せないために決して動揺していないとナミは自らに言い聞かせる。ぎくしゃくしそうになる足取りをなんとか優雅に見せる努力をしながら駆け出したい気持ちを押さえ込む。


 バルトロメオが隠れたり逃げ出したりしたくなる気持ちがなんとなくわかってしまった。



 終

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