小説本文

□籠の中にきた鳥
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 隈を濃くする不健康な医者を諌めるのは夕日色の猫の役目だった。

 こう始まれば子供向きの童話のようだが実際は医者と猫は海賊で世界中に名を知られるお尋ね者だ。ナミはローの服を掴んで椅子から引きずり降ろすとそのままベッドへ放り投げる。

 「おい…」

 ローは不機嫌そうにしているがナミの意外な腕力に目を瞬かせている。

 「金貨の詰まった袋よりも軽いわ」

 ナミはあっさりと答え同じベッドに滑り込む。元々一人用に備えつけられた物だ。そこに二人も横になってしまえば寝返りにも苦労する。壁際に追い込まれたローは何とか這い出そうとしたが手招きするナミに折れて寝具に埋もれる。

枕のやわらかさに睡魔が訪れる。

 ことりと眠りに落ちる前にローはシチューの匂いを嗅いだ。よく煮込まれた野菜と鶏肉、今日の夕食だと思い出してからふつりと思考が落ちた。


 音を吸い込む静けさ、墨を流し込んだような暗さ、そして冷たさ。月の光に似たほのかな光源を放つ潜水艦が黒々とした海の底を進んでいく。どれほど眩しい太陽もここには届かない。


 ローは薄暗がりの中で目を覚ました。自然光の入らない船内では電気を消してしまうとたちまち闇に埋もれてしまう為、小さな電灯だけが常に灯っている。かろうじて輪郭がわかる程度のぼんやりとした部屋で二人は身を寄せ合っていた。

 ローはまだ眠り続けるナミの頬を撫でた。

 穏やかな休息を邪魔しては悪いと音を立てずに鎖骨に唇を落とし慣れた手つきでナミのタンクトップをめくる。そこには夜目に慣れた眼差しにも鮮やかな赤い痕が散っている。ローが丹念に咲かした花だ。同じ所を何度も吸うので痕は枯れない花となってナミの一部になっている。

 腹の底から込み上げる独占欲に首筋がちりちりと焼けるようだ。

 音を立てずに身を折り丁寧に痕を吸い上げて色を濃くする作業に没頭するとローは満ち足りた気分になる。そのまま膝にも口づける。短いスカートから伸びる足を愛で慣れた手つきで下着を抜き取ってそこに顔を埋める。

 やわらかい肉の感触。

 襞の形はとうに覚えた。

 敏感な突起を弄っていると髪をつかまれた。

 「っ何やってるのよ」

 寝起きとは思えない良く通る声でナミはローに抗議する。

 「…準備だ」

 何の準備か。

 全てを説明しなくともこの状況で行うことは一つだ。ナミの頬が染まり同時に視線も険しくなったのでローは濡れる突起に軽く歯を立てた。

 「んっっ」

 ナミが仰け反るとそのまま舌先で優しく舐める。じれったいほどの愛撫は激しくされるよりも感度を刺激するらしく罵倒するどころではないらしい。

 ローはナミの声が好きだ。

 ひくついている秘所に指を入れる。

 何度か抜き差しして具合を確かめると問題なく溢れている。指が締めつけられるのも悪くないと思っていた。屹立した分身がぎゅうぎゅうに絞られぴたりと隙間なく繋がる行為には敵わないが、食事や書き物、日常生活に欠かせないこの指が情事でも役に立つということが、どこか愉快だった。

 「ローぉ…大人しく寝てなさいよ」

 下肢を震わせながらナミが髪を引っ張るのでローは顔を上げた。充分に熟れた芽を吸い増えた指によって熱を上げる体がスプリングを軋ませる。

 「寝たら元気になった。だからやりたくなった。わかりやすいだろ」

 「まだ全然休んでなっいのにっぁ、んっ」

 指が上部のざらついた箇所を探る。高い嬌声に合わせて鮮やかな髪が寝具に波打つ。

 ローはナミの口を自らのもので塞いだ。舌を差し入れれば条件反射で絡みついてくる。だが達する寸前で口と指が離れてしまう。

 熱に踊らされナミは自然と懇願する目でローを見上げた。

 「…シチューの匂いがした」

 骨張っているが筋の通った長い指が喘ぐ顎を撫でる。

 「あいつらと食べたんだろう?」

 「うん…」

 ナミは眉尻を下げて頷いた。

 「たまには一緒に食べようって誘いに来てくれたの。あんたにも声をかけたけど無視したじゃない」

 オレンジ色のつなぎを着た大きな白熊が扉からひょっこり覗き込んでくる姿は思い出しても可愛らしい。

 ローの指が鎖骨をつたって乳房の間を通る。不埒な動きをしようとするそれを手に取りナミは愛らしくちゅっと口づけた。

 「心配?それとも嫉妬?」

 ローは無言だった。何を思っているのか自分でもよくわかっていないかもしれない。

 「あれがある限りちゃんと戻ってくるわ」

 悪戯っ子のようなナミの視線がローの机の上に置かれた四角い物体に移る。赤黒く、どくどくと脈打つナミの心臓だ。

 ちゅっと派手な音が再び鳴り響く。捕らわれていない方の手が空洞になっている胸の内側をなでる。変な感触ね、とナミは笑った。

 「私はここに帰ってくるわ。

  ねえだから最後までして?」

 なめらかな誘い文句にローもつられて笑った。ようやく表情らしい顔になった事にナミが安堵したと気がつかないまま、ズボンを下ろし杭を潤んだ秘所に沈める。

 蜜をたっぷりと滴らせ内壁は奥に奥にとローを導く。急いた動作はどこにもなかったのに驚くほど早く根元まで埋まり、先端が子宮に触れてくる。びくつく体が必死にローを抱き締めてきた。同じように抱き締め返してローは熱が上がるのを感じた。



 面倒臭いやつ。

 ナミはローを胸に抱いたまま固い髪をなでる。

 ローががっちりと抱きついてくるのでそれ以外にできる事がない。

 ナミは無理矢理連れて来られたわけではない。自らハートの海賊団にやってきた。ふらりと遊びに来たという体のナミをハートの一味は熱烈に歓迎した。仏頂面だったのはローだけで咎めるような雰囲気さえ出していた。

 そんなローにナミはごく自然に聞いた。

 「あんた私のこと好きでしょ?」

 隈のくっきり浮いた仏頂面の下で大混乱していると勘の良いナミは気がつき、つき合いの長いクルー達にももちろんばればれで皆うつむいて冷やかすのを堪えていた。

 先ほどの夕飯時もその話をしたばかりでナミはゆったりと微笑む。押しかけたその日からナミは隠しもせずに気持ちを伝えた。答えはなくとも、行動で好意が返ってくる。

 この部屋に居ろと強制された事は一度もない。

 そのくせナミが見えなくなるとローは不機嫌になった。不安の裏返しなのかもしれない。大切な人は居なくなるもの。そう思い込んでいるローを安心させる為にナミは心臓を預けた。

 苦笑が艶やかな唇に浮かぶ。

 机の上で規則正しく鼓動する心臓は二つ。

 ナミとローの心臓だ。

 心臓を渡して生殺の自由があると示したのに、なぜか自分の心臓まで置いた。まるでナミにもその権利があるのだというように手を伸ばせば届く場所に並べている。

矛盾だらけの行動をナミは受け入れる。

 部屋から出て行くと機嫌が悪くなるが鍵をかけようとしない。体中に痕を残して自分の物だと主張するくせに見える所にはつけない。

 手元に居て欲しいと丸分かりなのに言葉にできない姿を見せつけられて代わりにナミは代弁する。

 愛している。一緒に居たい。

 その言葉は嫌いだと顔をくしゃつかせるローに根気良くナミは続ける。

 私、自分に嘘がつけないの。

 …俺は嫌いだ。

 それ以上聞きたくないと唇を塞がれる。

 

 いつかローからその言葉を聞きたいと、ナミは楽しい策略を巡らせながら不器用な愛し方しかできないローの頭をなでた。





   終

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