小説本文
□白に乾杯
1ページ/1ページ
吐く息は白く手足も冷え切っているというのに頬に触れる風がぬるくてローは溜息を飲み込んだ。
追っ手が来ると忠告したにも関わらず目の前では宴さながらの賑わいで海賊と海軍、子供まで陽気に騒いでいる。どこまで非常識なんだとローは頭を痛めたが、この場に居るとまるで逃げる算段を考えている自分の方が間違っている気になってしまうのが恐ろしい。
頭のネジが飛んでいる麦わらのルフィならば四皇の首を狙う命知らずな企みに乗ってくると踏んだものの、とんでもない同盟を組んでしまったのではないかとローは遠い目をした。
ぼんやりとしているローの元に喧騒から抜け出してきた人影が近づいてくる。
ビキニではなくきちんとしたコートを着込んだナミが時折後ろを気にしながら雪を踏みしめる。
子供達に囲まれていたせいだろう、頬がきらきらと赤い。優しさと気恥ずかしさで綻ぶ顔はたくさんのありがとうに包まれ照れている。後ろを伺うのは追い縋られない為なのだろうが子供達の視線は変形するロボに移っていた。
ほっとした所で足を止めたナミは木箱に座るローと目があった。
距離は意外なほど近い。
声をかけられる位置まできて方向転換するには無理があった。
何よりお互いの視線が離せない。先に反らした方が負けだという謎の意識が一瞬で芽生える。とりあえずナミは手近な空箱に腰かけた。その手には樽のカップではなく封を開けていない酒瓶が握られている。ひらひらと人垣を縫うように歩いていただけなのにいつ酒瓶をくすねたのだろうとローは目を見張り、すぐに泥棒猫の通り名を思い出した。
そしてかじかんだ手で詮を開けようと苦労しているナミを横目に同じ銘柄の酒瓶を無表情に煽る。からかうつもりはなかったのだが何食わぬ顔でそんな事をされると苛々してしまうものだ。
ナミは朗らかだった目元を険しくして唇を引き結ぶ。
眉の釣り上がった喧嘩腰の方がローには馴染みがある。指先で瓶を叩きナミの持っていた瓶と入れ替える。胡散臭そうにしている目を無視して詮を開け何食わぬ顔で飲み始めた。
一口干してから言葉が続く。
「子供でも居たのか?」
つられて酒瓶を傾けようとしていたナミはきょとんとローを凝視し、その意味を理解してから悪戯っぽく笑った。
「そう見える?」
「…そうでもなけりゃ子供達に肩入れする理由がわからない」
ナミの反応を見れば問いが否だとわかってしまう。
表情は変わらないがふいっと外された視線に気まずさを感じてナミは意外そうにその横顔を眺める。
隈の濃い鋭い死神のような面立ちだ。七武海に属する為に海賊の心臓を百個海軍に持ち込んだ逸話も納得できてしまう。そんな狂気の海賊が冷たい空気を纏ったまま子供達を治療した話のほうが現実味がない。
「トラ男君って実は子供好きだったりする?」
ローが先に目を離したのでナミは勝負事に勝った気分で機嫌が良くなっていた。ローは無表情のまま酒を減らしていく。
「…医者だから治しただけだ」
「そう言って二年前のルフィも助けてくれたんだったわね…今さらだけどありがとう」
ナミは酒瓶を軽く持ち上げ感謝を伝える為に振ってから口をつけた。
軽くない度数の液体を一息で半分も減らしたにも関わらず平然としている。もしやそちらの方が上手い銘柄なのかとローは目を凝らしたがどう見ても自分の手元と同じラベルで違いなど何もない。まともそうに見えたナミにも一癖感じ、やっかいな一味と同盟を組んでしまったと後悔しながら自棄になってまた酒を入れ替える。
驚くナミに少しだけ溜飲が下がる。酒を飲んでみても分かりきった事に同じ味がした。酒を奪われて怒り出すかとローは身構え、的外れに感心した声に力が抜けた。
「トラ男君ってただお酒を飲んでも格好良く見えるのね。素敵だわ…ところでその能力を使って私と一稼ぎしてみない?」
ローの肩が落ちナミはからからと笑う。
「うちの一味に関わっちゃったんだからいっぱい苦労するわよ」
その予感を噛み締めていたローはナミが突き出してきた酒瓶に自分のそれをぶつけて自棄の乾杯をした。
終