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□王子様は太陽を見た10(イチナミ)
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 サングラスをかけていてもその瞳が見開かれているとわかる。特徴的な渦巻きの眉が跳ね上がり、一分の隙もない貴公子が珍しく絶句したまま動かない。
 完璧に作られた微笑の印象が強いせいでイチジの驚きが酷く人間らしく見えた。掻き上げる髪を失くしたナミは腕を組んでイチジの動揺が過ぎるのを待った。
 言葉が出てこない気持ちが残念ながらナミにもわかってしまう。なにせ自分も寝起きに呆然としたからだ。くしゃくしゃになったシーツから床のあちこちに散らばる明るい髪の毛が非現実的すぎて、思わず首の辺りを撫でてその軽さに眩暈がして二度寝してしまう位には受け入れ難かった。
 顔を引きつらせたままイチジはナミに手を伸ばす。
 髪を掬って口づけるなんて洒落た真似はもうできない。
 顎下辺りで揃えられた髪形は二年前と同じでナミにとっては懐かしさを感じるが生憎とその感傷をわかちあえる仲間はここに居ない。
 
 「…なぜ切った」
 「勝手に切られたのよ」

 ナミは髪を掬い損ねて肩に落ちたイチジの手をちらりと見た。なんとか感情を抑えているが火の粉が散って火傷しそうな程熱い。
 長兄として常に泰然と構えているイチジから冷静さが剥がれ落ち曝け出された熱気に控えていた侍女達がうろたえる。悲鳴こそ上げないがあきらかに脅えて後ずさっていく様子にナミは溜息を飲み込む。それはまさにナミが取りたい行動だ。こんな恐ろしい顔をした王子様から逃げ出したいと思うのは普通だろうと、脅えて涙でも浮かべてみようかと思い馬鹿らしくて止めた。恐怖の基準が麻痺した頭を絞ってイチジの手の甲を撫でる。ようやく肩から手が離れると白いブラウスにアイロンを押しつけたような茶色い手形が残った。

 「文句ならニジに言って頂戴。寝ている間に切られたんだから私だってびっくりしたわよ」

 堂々と胸を張って言い切る姿はいっそ潔い。日々、傍若無人な兄弟と接しているのだからナミにとって自分の言葉を伝える位なんでもないが侍女達から驚嘆の眼差しを向けられる。
 イチジは険しい顔のまま部屋から出て行ってしまう。締められた扉の大きな音がその内面を現しており残された侍女達が珍しくうろたえている。その手にはイチジに命じられて用意したナミの為のドレスや宝飾品が握られていた。イチジ好みの装いにする為に華やかなラックがいくつも部屋に運ばれ、粛々と命じられた仕事をこなす事に慣れている分、独断で着つけていいのか迷っている。主の怒りを目の当たりにしたのだから無理もない。
 ナミは着せ替え人形になる煩わしさが遠のき悠々と一人掛けの椅子に座る。内心ではニジがたっぷり油を絞られていると思うといい気味だと舌を出していた。
 
 「イチジが戻ってくるまで取りあえず待っていましょう」
 
 ナミの声に侍女達は我に返る。慌てて頭を下げる者、ラックの並びを指示ずる者、茶の支度に走る者と一気に慌しくなった。
 久しぶりに人の熱気に触れナミは手首に残った手枷の痕を擦って目を伏せる。
 二度寝から覚め夢ではないと突きつけられるとナミはニジを叩き起こそうとして固まった。なぜか手枷の片方がニジの手首にはめられ身動きが取り辛くもがいているうちに青い髪の王子は目を覚ます。睨みつけるとやけに自慢げに睨み返された。

 「ちょっと!これどういう事?!」
 「目障りだったから切ってやったんだ」

 感謝しろと言わんばかりの上から目線にナミは流石に頭にきた。衝動的に頬を張ろうとして手を振り上げたがあっさりと掴まれそのまま組敷かれてしまう。ニジはすっきりとした肩口に顔を埋める。

 「ああやっぱりいいな」

 波打つ髪のかからない首筋に鼻先を押しつけやけに満足そうに笑うニジの無邪気さにナミはなぜかぞっとした。
 切られた髪に手枷、扉に連なる錠前の数に歪んだ執着心を見せつけられて体が強ばる。
 青褪めるナミに気がつかないままニジは体を求めてきたがシーツに散らばる髪が肌に刺さって不快この上ない。興が削がれると渋々ベッドから降りて侍女を呼びつけようと錠前を一つ一つ壊していく。錠をかけた時に鍵を砕いてしまったので大変な手間に見えるが意外なことにニジは面倒くさがっていない。
 呼ばれた侍女は部屋の惨状に悲鳴を上げた。
 薄暗い部屋に大量の髪が散らばっていたらそれは悲鳴も上げたくなるだろうと、ナミはベッドの隅で枕を抱えていたらニジに枷を外されそのまま浴室に連れ込まれた。短気者にしては珍しく上機嫌のまま何度も短くなった髪を撫でてくる。恐れと腹立ちでナミがいくら冷たく拒んでも全く気にせず抱いてきた。反響しあう淫らな音と声を抑えようと唇を噛んでいる姿にニジはさらに興奮して激しく求めてくる。浴室から出ればすぐそこに侍女達が居るこの状況にナミの羞恥心が試された。
 その時を思い出しナミは手首に爪を立てそうになる。王族の節操のなさにいつまでもなれない。用意された紅茶にきらきらした角砂糖をいくつも放り込んで甘ったるさが過ぎる液体を飲み干して気持ちを落ち着かせた。


 しゃんっしゃんっと軽やかな鈴の音に似た音が木霊する。宝石を散りばめた金細工の首飾りや腕輪が腰の動きに合わせて揺れ動く。
 裸身に金の飾りだけを纏い、枕元のほのかなランプの明かりに浮かび上がる妖艶さにイチジは束の間、怒りを忘れて見惚れた。眼福とはまさにこれだ。腹の上で心地良さそうに悶えるナミは薬の効果だけではなく、金の輝きにうっとりと蕩けている。バングルにはめ込まれた特大のルビーを愛しそうに撫でる姿にイチジは苦笑して下生えに隠れた芽を摘んだ。

 「俺はこちらを愛でる方が好きだな」

 充血し蜜にまみれた突起をぬるぬると刺激するとナミは背を撓らせた。内壁が蠢き杭を絞り上げる。

 「イチジっぁ、いいっもっとっ」

 しゃらんと腰がうねりイチジも堪らず吐息を洩らす。
 腹に置かれた手を取り両手首を掴んで逃げられないように突き上げると疼きが快感に変わって駆け抜ける。

 「あ、あんっ…っ」

 恍惚とした甘い声で鳴き、自ら秘所を押しつけて敏感な所を擦って目の眩む心地良さを分かち合う。
 イチジが与える快感をナミは残らず掬い上げる。
 ナミは受けた分だけの官能をイチジに返す。
 そこには攫われた身や王族という身分もなく等しく喜びを分かち合う関係があった。体を繋げている時だけに訪れる忘我の境地に二人は溺れる。
 仰け反ったナミの額から汗が飛ぶ。
 色とりどりの宝石が雫の形をした金の台にはめられてりんりんと揺れている。それを目にしたイチジの顔から陶酔が薄れ険しくなる。額の生え際から頭部を一周するように作られた飾りの見事さよりも本来は真珠を通した網状の紐で長い髪をゆるやかに纏める姿が見たかったと口惜しさが先立つ。
 これだけではない。孔雀のヘッドドレス、ワの国から取り寄せた花簪、アクアマリンをあしらったティアラ。どれも短くなった髪にはしっくりこなかった。
 ニジはなんて真似をしたのだと舌打ちをしそうになってから、イチジはようやくナミが動きを止めた事に気がついた。
 なめらかな肌を紅潮させ、欲情に震えながら上擦った声で抗議してくる。

 「もうなくなったんだから仕方ないでしょ…。私だって好きで切ったわけじゃないのに八つ当たりしないでよ」

 八つ当たり、と言われてイチジは意外そうにナミの腿を撫でた。そんな気はまるでなく苛立ちはニジに向けているつもりだった。
 撫でるだけで感じているナミの唇を指でなぞるとそんな僅かな刺激にも反応して喘ぎが零れる。指にかかる吐息が熱い。

 「すまなかったな」

 イチジ自身が驚くほど素直に謝罪が口に出来た。

 「んっ今は私だけを見てよ」

 これは抗議どころか懇願だ。
 分身を収める内部から焼かれるような疼きが迸って全身を苛んでいる。薬と情事に浸されて貪欲になっているナミは浅く抜き差しを繰り返して熱の塊をさらに昂ぶらせるとぐちゅりと根元まで飲み込んだ。ぎゅうぎゅうに締めつけられイチジは腰を突き上げる。

 「どこでそんなおねだりを仕込まれた?ニジか?ヨンジか?それともレイジュの前ではそうやって甘えて可愛がってもらうのかっ」

 優越感を感じたくて吐き出した言葉が跳ね返って嫉妬に変わる。ナミの体を知っているのは自分だけではないのだ。
 イチジはナミを抱いてくるりとベッドに押し倒す。うつ伏せにして臀部を持ち上げると息を整える間もなく挿入する。深く繋がるとナミの体が痙攣し達したとわかるがそのまま激しい腰使いで内部を抉る。

 「だめっ待ってっ」
 「どうしてだ?これが欲しかったんだろ?」
 「あっんああっっっ」
 「麦わらに一味にまだ未練があるのか?」

 思いがけない言葉にナミは一瞬頭の中が白くなった。無意識のうちに枕を握り締め混乱を沈めようとしたが、イチジは剝き出しのうなじを啄ばんで戯れてくる。些細な刺激に掻き乱されナミの思考は散らばったままだ。

 「ど、して…何の話?」
 「レイジュの所で散髪したんだろ。その時、一房選り分けておいたらしい。レイジュはそれを麦わらの所に持って行って『ナミは死んだ』と伝えたと言っていたぞ」
 「うそ…」
 「あいつらも嘘だと叫んだそうだ」

 喉の奥からくつくつ笑いが漏れる。
 レイジュの口上を一味は信じなかったらしい。それでもナミを攫う以前に縁があったせいでレイジュに掴みかかることも出来ず、絶対に取り返しに行くと啖呵を切ったと聞いてイチジは思わず空を仰いだ。
 これで大義名分ができた。
 ジェルマは侵略者を許さない。海賊風情に軍隊を動かすのは憚られるがそれが国を脅かす存在だとすれば話は別だ。世界に名を響かせるジェルマの軍隊でちっぽけな海賊を潰してしまおう。
 ニジの部屋に乗り込んで怒りのままに髪を切った理由を問い詰めると弟は邪魔だったからの一言で片づけた。
 イチジとニジは仲の良い兄弟だ。言い争うことも滅多にない二人が胸倉を掴んで殴りだす寸前までいがみ合い、仲裁にレイジュが呼ばれた程だ。事情を聞いて聡い姉は頭痛を抑えるように額を押さえる。

 『…せめて本人に了解を取りなさいよ』

 ニジはふんっとそっぽを向く。

 『ナミはなんて言ってたの?』
 『短いのは楽でいいと言っていたぞ』

 ニジは大分割愛して伝える。

 『切ってしまったものはしょうがないけど無断でやられたのには腹が立つしなんだか怖いから謝って。まあ髪はそのうち伸びるし短いから楽になったと思うようにする。だから謝りなさい』

 これがナミの言い分だ。そして自分が正しい事をしたと信じて疑わないニジは当然謝らず大喧嘩になった。
 レイジュは我侭な弟を困った目で見つめ、あの鮮やかにシーツに広がる髪が見れないなんてと嘆く。そして二人にナミの髪を麦わら一味に届けてきた話をした。

 『過去と決別させるのに丁度良いという事にしましょう。残念だけど髪ならまた伸びるし。どうしても待てないなら人工毛をつけたらどう?』

 二対一で分が悪い。
 イチジは納得いかないが引くしかなかった。
 枕に顔を埋めるナミにイチジは優しく語りかける。

 「髪をまた伸ばせ。お前の長い髪が気に入っていたんだ」

 同じ声音で絶望を囁く。
 
 「希望を持つな」
 
 うなじから耳朶に唇を落とし、下肢を擦りつけて弱い部分を抉ると快楽に溶けているナミは泣きながら悶える。
 
 「麦わらの一味は俺達が消す」
 「やだっやめてっかえしてよっ」
 「帰る?何を言っているんだ…お前の帰る場所はここだろう」

 頭を振るナミとは裏腹に秘所は蜜を溢れさせ楔に襞が絡みついて愉悦を全身に伝える。内部はイチジを欲する為に収縮し互いに感じやすい場所を擦り合わせると愉悦が弾けてあられもなく跳ねてしまう。体の支配が理性を塗り潰して染めていく。
 泣きながら何度も達するナミにイチジはぞくぞくと興奮した。

 「ナミの帰る場所はここしかない。お前をどこかに連れて行こうとする奴は全員皆殺しだ」

 優しく語りかける声音はやわらかく、睦言よりも子守唄に近い響きでナミを追い込んでくる。
 イチジはナミの耳元で囁きながら欲望を放つ。
 溢れる愛情を注ぎ満足そうにキスをする。

 「お前の希望は俺達だけでいい」


 終
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