小説本文

□アラバスタナイト
1ページ/1ページ

 焚き火に合わせてエースが人差し指を翳せば砂漠の乾いた夜空に火花が立ち上る。暗がりから様子を伺っている相手の足元を照らしてエースは破顔した。

「夜更けにかくれんぼする趣味でもあるのか?」
「っ違うわ」

 即座に言葉が跳ね返ってくる。良く通る声の持ち主が気まずさを隠そうと目元を吊り上げて岩陰から軽やかに出てきた。
 砂漠越えの白い装束が炎に照らされて夜目にも明るく映り、その背後の闇を一際濃く感じさせる。荒っぽく歩いてきたはずだが、焚き火の傍に腰を降ろした時は音も立てなかったのでエースは密かに感心した。
 ルフィには人誑しの才能がある。
 色気よりも食い気が最優先の癖に、ちょっと見かけない位いい女、しかも腕の立つ航海士を自分の船に乗せている。共に海に出た事はないが陸でも気候の変化に聡く、焚き火に翳す手のペンダコを見ればどれだけ海図を書き上げてきたかがわかる。
 白ひげ海賊団に本当に連れ去ってしまいたいと思いながら伸ばしかけた手をエースは帽子を被り直すふりをして誤魔化した。
 ここでは自分は『いいお兄さん』なのだからそれらしく振舞わなくてはいけない。

「寝れないのか?」
「疲れてるんだけど何だか目がさえちゃって」

 寝たいのに眠れないと膝の上に顎を乗せる姿が幼くてエースは自然と口元を綻ばせた。
 ナミ。海の似合う良い名前の航海士は大人びているがまだ子供なのだと少しほっとした。

「砂漠は初めてなんだろ、仕方ないさ」

 焚き火に枝を投げ入れる。

「夜は寒いから体が冷えたのかもな。しっかりあたんな」
「…うん、そうする」

 素直に頷いたナミに気が弛んだのは確かだった。それでも懐に潜りこまれるほど油断していたわけではないとエースは後々言い訳を考えるが、ぎょっとした時には遅かった。足の間にナミはするりと居座り、フードを取って頭を胸板に預けてくる。あったかいと弾む声に香水らしき華やかな匂いが合わさってくらりとした。

「あーナミ、ナミちゃん?」
「なにかしら」
「座る場所間違えてないか」
「だってここが一番あたたかいわ」

 いいお兄さん、エースは体温が上がるのを自覚しながら心の中で繰り返す。

「ルフィが見たら俺が殴られる」
「大丈夫よ、ぐっすり寝ているもの」

 打てば響くように小気味良くナミは口を開く。困惑しているエースとのやり取りを楽しんでいるようですらある。気安い応酬にエースは揺さぶられる。船を出て以来、気楽に会話した覚えがなく、頼れるいいお兄さんなんだとぐるぐる考えながら枯れ木を弄んでいた手がナミの腹部に回る。
人肌に触れるのはいつぶりだろう。
 黒ひげを追いかけて飛び出してから無意識に女断ちしていた。思い出したとたん体の奥が疼きだす。

「俺、男だよ。ルフィの兄貴で海賊で狼になれるって知ってる?男だから好きじゃなくても体が反応すれば平気で抱けるし、溜まってるから優しく出来る保障もないし」

 こんな碌でなしだと離れて欲しくて語りかける。逃げるなら今のうちだと囁きながら両腕は肢体を抱き締め、首筋に顔を埋めていた。

「エース」

 呼ばれる名の甘さに背筋が疼いた。

「夜中に一人で男の人の所に来るのがどんな意味か知らないように見える?」

 ペンダコの目立つそれでもしなやかな手。後ろ手に黒髪撫でられエースは堪らずうなじにかぶりついた。

 白くゆったりとした服の下は踊り子のままだったと肌を探りながら思い出して興奮する。扇情的な衣装をずらしながら胸を揉み上げるが日よけの服を着たままなのでどれだけ乱れているかはわからない。だがそれがかえって情欲を煽る。もどかしさが愛撫を密にする。

「っっん」

 びくりと仰け反ったナミは自分の口を押さえた。

「――――っ」

 エースの手の中で固くなる先端を優しく摘んでは弾く。繰り返しの刺激に慣れた所で手の中から溢れる胸を揉みしだく。

「エー、スっ……」

 答える余裕がエースにはなかった。
 こんなに人肌が恋しかったのかと驚くほどナミを夢中で貪る。ゆったりした服を片肌に肌蹴させ火に照らされて艶めく肩にしゃぶりつく。
 もっと、まだ足りない。
 砂の上に押し倒すと服を剥ぎ取る余裕もなく頭から胸元に入り込み手探りで乳首に吸いついた。

「んっ」

 ナミの喘ぎが遠くから聞こえる。
 こもった香水と体臭に理性が薄れ、何がエースを焦らせるのか性急に愛撫する。びくびく震える体を押さえつけ本能のままに求めていると、髪や腕から自然と火の粉が舞った。焚き火が爆ぜるよりも早く瞬くそれは花火のように刹那的に消えていく。
 ナミはエースを撫でた。後ろ頭から首の裏、手が届く範囲を爪を立てないように小さく喘ぎながら優しく触れた。
どれ位の時間続いただろうか。ふっとエースの動きが止まった。ナミの胸元から顔を上げ気まずそうに耳まで赤くしている。

「あ…悪ぃ…その…」

 しどろもどろ呟いて離れていきそうな気配を察してナミはしがみついて顔を近づける。

「急にどうしたの?」
「ガキみてえにがっついて、それが、あの、な…」

 エースが言葉を重ねるごとにナミは楽しそうに目を細めるのでいたたまれなさが増していく。年下なのに急に大人びてずるいと消えたくなる。

「エース」

 髪を撫でていた手が唇に触れる。
 何を強請られているのか察してエースは唇を重ねた。やわらかくて気持ちがよくて、それだけでは物足りなくて疼いたが気合いで離れるとよく出来ましたと、ちゅっとまさにリップサービスされて砂山に頭から突っ込みたい気分にさせられる。
 反省会はいつでも出来るがこの衝動は今しか収められない。
 エースは羽織を脱いでばさりと地面に広げるとナミをその上に移動させて覆い被さった。顔の横に肘をついて唇を重ねると自然に舌が絡まりあう。敏感な粘膜が触れ合って体が昂ぶっていく。手が自然と伸びていた。踊り子の服を掻き分け、足のつけ根のとろとろに濡れたそこに触れて熱が急激に上がる。

「キスしたままがいい……声出ちゃうから」

 その可愛らしいお願いを断る理由はない。繋がる口腔に鳴き声が跳ね返るのもそそられる。

「俺専属の踊り子にならないか?」

 そんな軽口が飛び出るくらいエースはハイになっていた。頬染めたナミが喘ぎながら何か言おうとするのを塞ぎ、内部を擦って果てさせる。きゅうっと絞り上げられるのが分身だったらと思うと下肢が痛いほど張り詰めてくる。

「ナミっ力抜いて」
「ちゅう、してっんっ」

 口づけながらエースはナミの体に入った。
 体の深い所で自分のものではない脈動を感じて背が粟立った。
 包み込まれて搾られる快感。
 受け入れていっぱいにされる充足感。
 浅い箇所で始まった律動はすぐに隙間がなくなるほど密着して繋がる。
 肌がぶつかりあって飛び散る鮮やかな火花にナミは思わず手を伸ばしていた。一瞬で消えてしまう炎の変わりにもっと熱く力強い手がそれを阻んで捉えた。

「えーすっきれいなのに」
「火傷するだけだ」
「あっ」
「痕とか残ったら嫌だろ」

 ナミの唇がゆるやかに曲線を描いた。とろけるような微笑に誘われて抽挿を早めたエースは、その意味に終わってから気がついた。


「ナミ?!」

 頼りがいのある強い兄。
 エースの印象が引っくり返る上擦った声だった。
 くびれた腹の上に放った体液を拭き取ろうとして違和感に気がつき、焚き火を頼りに良く見れば下肢に微かに血が纏わりついている。その意味に驚愕して固まっている。叫んだ直後から思考が止まり言葉を探しては喉の奥に転がっていく。

「血…出ないと思ったんだけどなあ…」
「ばっ…おま…初め、て…」
「うん、処女」

 エースの目が丸くなる。
 処女なんて堅気の娘さんのもので海賊家業の自分とは縁のないものだと思っていた。実際、今日のこの時までは縁がなかった。

「そんな大事なこと…なんで黙ってたんだよ…どうやって責任とれば…」

 せきにん、と吸われて膨らんだ口元が愉快そうに微笑んだ。

「そうね、次に会う時はホテルのスイートルームを貸切にして薔薇でいっぱいにして。バスルームは金貨で埋めて、クリスタルのグラスで乾杯しましょう」

 きらびやかな提案をエースは戸惑ったまま頷いて約束しようとした。その唇が奪われる。年下とは思えない憂いの眼差しを浮かべてナミはエースの頭を撫でる。

「そんな泣きそうな顔しないで…困らせたいわけじゃないの」

 初めてが貰えて運が良かったと気楽に喜べないでいるエース慰める。彼の中では処女性はもっと複雑なものだったらしい。
 気晴らしや商売とは関係のない貞淑な象徴。即座に家庭の存在が浮かびそんなもの背負う資格もなければ覚悟もなかった。

「……なんで俺だったんだ」
「なんでだろう…女の勘?一目惚れかもよくわからないわ。ただ絶対に譲れないないと思ったから黙ってたの」
 
 ナミはエースの頭を抱く。

「ホテルもお花も冗談だからそんなに怖がらないで?本当はね私に会いに来てって言いたかっただけだから」

 思慮深く、兄らしい振る舞いが板についていたとしてもエースはルフィと同じく何をしでかすかわからない危うさがある。ここで分かれたら二度と会えない気さえした。

「私、また貴方に会いたいの」

 
 終
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ