小説本文

□見えないキャンディ
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 暗い水平線に灯台の明かりが走った時、微かな爆破音がローの耳に届き見張り台から立ち上がる。港町の方を睨み風に乗ってくる不穏な気配に帽子を押さえた手に血管が浮く。濃い隈の目立つ横顔は凄みを増し整った鼻梁に皺が寄る。

「じゃあ船番頼んだぞ」
「時間になったら交代が戻るから」

 港に着くなり気楽に言って船から降りていく麦わらの一味にローは呆気に取られた。

「俺は部外者だぞ」

 頭痛を感じながら抗議したが取り合う素振りもない。

「なにを今さら」
「同盟を組んでるから大丈夫だろ」

 麦わらの一味は船長だけでなく全員が可笑しい。いくらローが睨みつけてももう脅える者はいなかった。
 海賊の心臓を百個持ち込んで七武海の椅子を勝ち取り、体を自在に切り取れる能力を冷笑しながら行使する他者からすれば充分に頭の螺子が飛んでいるローは見た目よりも真面目な面がある。この船の空気に毒されたのかもしれない。手渡された夜食と毛布を抱え渋々見張り台へと踵を返した。
 ローは肩越しにちらりと振り返る。
 毛布を手渡してきたナミはローの視線に気がつく様子もなく買い物に回る店の話に浮かれていた。何か一言を期待したわけではないと内心で言い訳しながらそう考えてしまった自分に辟易とした。


 もうすぐ交代の時間だというのに厄介だと思いながらローはいつでも能力を使えるように片手を翻す。怪しい者が近づいてきたらばらして猿轡を噛ませ甲板に転がしてやろうと考えながら口端を吊り上げる。
 中指が立てられ半円が広がった。
 船に近づいてきた不届き者は尻餅をついたまま呻いた。

「何するのよ酷いじゃない」
「お前が何かしでかしたんじゃないのか」

 梯子から降りてローは爆発の余波で焦げた柑橘色の長い髪を呆れた目で見た。握ったままだった天候棒を大事そうに撫で、猫に似た航海士は不満そうに頬を膨らませる。

「ちっちゃなカジノがあったから少し遊んだだけよ。ビギナーズラックだと思って大人しく帰してくれたら良かったのに」

 天候棒とは逆に持っていた袋の中身をナミは自慢そうにローに見せびらかす。小さなカジノが一見の観光客に花を持たせるにしては気前が良すぎる額だ。イカサマでもして儲けたのだろう。

「……悪さをした自覚はあるのか?」
「カジノってそういう場所じゃない」

 夜目にもわかるくらい爛々とした眼差しでナミは札束が詰まった袋を抱き締める。か弱い臆病者だと本人はよく嘯いているが今の姿を見ていると首を横に振りたくなる。つき合いきれないと見張り台に戻ろうとしたその背をナミは呼び止めた。

「起こすのくらい手伝ってよ。部屋で休みたいし」

 ローは不機嫌そうに顔を顰める。騎士道や武士道とも縁はないが暗い甲板に女一人を置いていけるほど薄情でもない。
 伸ばした手が掴まれる。
 思っていた以上の熱さに面食らう。指先に口づけられ爪にこつりと歯が触れた。口内も頬も、ナミはどこもかしこも火照らせている。

「……おいナミ屋いつ盛られた」
「さっきのカジノ。ただのお酒だと思ってたのに……可愛いって罪だわ」
「金が絡むとお前は途端に馬鹿になるな」

 酷いと呟いた声は口に含んだ指に吸いついて消えていく。咥えさせたまま顎から耳朶を掬うとくすぐったそうに喜び甘噛みしてくる。昼間のそっけない態度からすれば破格の甘え方だ。

「部屋で休むの手伝ってくれるでしょ?」
 路地に立ちこの声と流し目ひとつあれば大抵の輩は頷くに違いない。ローは思ったまま尋ねてみた。

「……相手には困らないだろ?その辺で引っかけてこいよ」

 冗談ではなく、ナミほどであれば一夜の恋人を求めるのに苦労はないだろう。

「私、自分を安売りするつもりはないの。下手糞の相手をするくらいなら水シャワーを浴びて誤魔化した方がましよ。それとも自信ない?」
「煽り方も雑だな。風呂に入って来い、そうしたら抱いてやる」
「いますぐがいい」
「ベッドが酒臭くなって煤まみれになっても俺のせいにするなよ」

 途端にナミは指を離して立ち上がった。
 ふわふわとした歩き方のくせに天候棒と金袋は忘れずに腕に抱えている。浴場に向かう後姿を凝視しながらローは空を見上げて見張りの交代を待った。



 ベッドにもつれ込こむと互いにその気で熱はとっくに上がりきっていたのだからがつがつと求め合いあっという間に果てた。
 吐き出しきって硬度を失った分身をずるりと引き抜くと僅かな衝撃にもナミは背を仰け反らせる。潤んだ瞳が欲情したままローに絡みつく。息を弾ませてぐったりとしていながらローの膝に爪を立てて次を強請ってくる。もう少し恥じらいをもって媚びてくればと呆れながらもこの方がナミらしいと自嘲する。素直に擦り寄ってくると裏を感じるくらいには体を重ねてきた。
 夜の相手が欲しいと思った時、たまたまナミも人肌恋しい気分になっていて甘い駆け引きなんてものもなく体の関係を持った。金銭のやり取りがない替わりにその気がなければ断ってさっさと身を引く後腐れのない関係だ。
 慣れた指が二人分の体液で蕩けている内部に沈むとナミは震えて締めつける。普段は気の強いナミを鳴かせるのが楽しい。睨まれるどころかもっとと先を強請る仕草にローは素直に興奮する。

「ロー、そこっ、きもちいいっ」

 言われなくても反応が段違いだ。親指で粒を弄りながら中を擦るとナミは気持ち良さそうに身を任せてくる。トラ男と普段は呼ぶくせに体を重ねている時だけ本名を呟くあたり性質が悪い。特別な隠し事をしているようでローを落ち着かない気分にさせる。洗い立ての肌に汗が浮かんでいるが首筋に吸いつくとまだ石鹸の匂いが残っていた。

「そういう反応されると優越感しか感じないな……ナミ」

 トラ男と呼ばないなら自分もナミ屋と呼ばない。
 特に理由もなく決めた縛り事が嫌ではなく、名前を囁いてから深いところをびくつかせて果てたナミに高揚する。

「早かったな」
「薬のせいだから仕方ないでしょ……」

 むっと唇を尖らせているがその言葉通り体は痺れる熱に浸されたまま下げる気配はない。仕方ないじゃない、とうわ言に似た覚束なさでナミは息を弾ませローを押し倒して跨った。
 固く反り返った先端を割れ目に擦りつけしばらくゆるい快感を得てから腰がゆっくりと沈んでいく。

「んっ」

 半分も入りきらないうちからナミは喉を反らせる。白くやわいそこに嚙みつきたい衝動を堪えながらローは腰に手をそえ奥まで杭を収めた。あとは無心で乱れるナミに任せる。浅い所、深い所、気持ちよくなる動きで腰が揺れて雄を不規則に絞る。
 この女はどんな顔で跨っているのかわかっていないだろうなと、ローは鏡の前に連れ出したくなった。男慣れしているはずなのに真っ赤になってまるで小娘みたいだと思い、ほんの二年前までまだ十代の小娘だったと成熟した尻を撫でて息を吐いた。二年の間に何があったのかローは知らない。

「なに……物足りない?イったばかりだからちょっと待って……」

 ぺたりと肌を繋げて内壁を痙攣させていたナミは反転した視界に瞬きする。

「待っていまイってるからっんっぁ駄目ってば」
「少し黙ってろ」

 スプリングの軋みに合わせて律動が始まる。
 足を広げられ感じやすくうねる肢体はローより早く限界を迎えたが聞こえない振りをされて奥を小突かれる。

「ローぉ待ってっあ、んっ変な感じっ落ちちゃうっ」

 怖いと訴えながらその両足はローの腰に巻きついて離れない。

「……お前の無防備さに腹が立つ」
「んんっ」
「カジノで輪姦されかけてここまで来るのにどこに引きずり込まれても可笑しくなかったってのにへらへらして本当に……」
「怒んないでよ」
「また同じ事をしでかしたらうちの船に攫うぞ。鎖をつけて海底暮らしを味合わせてやる」

 ナミは腹の奥を疼かせながら笑った。

「やれるものならどうぞ」

 挑発的に最奥まで受け入れ意識を飛ばしかけながらナミはローに抱きついた。



 見た目より重いのね。
擦れた苦言にローは首を傾げる。体重をかける抱き方はしていないはずだが倦怠感に包まれているとそう感じるのかと腕の力を緩める。うなじに痕を残さないように歯を立てながら腹に回していた手の平を移動させたっぷりとした胸を揉み上げているとくすぐったいと抓られる。

「内面が重いって言ったつもりだったのに図太いじゃない」

 ローは聞こえない振りをして耳朶に唇を寄せる。

「お前ほどじゃない。なあ本当に気がつかないで薬を飲んだのか」
「……そうよ」

 一瞬開いた躊躇いにローは目を瞑る。
 手の平から直接心臓の音を感じて、それを四角く抜き取って耳に当ててから口づけたくなった。
 たまたま傍に居たから。
 隙間を埋めるのに丁度良かったから。
 言葉のない関係に慣れ理由を探していないと感情を持て余して口が滑りそうになる。



 見えないキャンディを口に放り込み蕩ける甘さに溺れて誤魔化そう。


 終

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