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□新緑の季節は全てが碧く
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【 新緑の季節は全てが碧く 】


シュタインの夏は遅い。
冬は早く、早くから雪がやって来る。

しかし、他の国がもう暑くなり過し難く
なるこの季節はシュタインは最高の時季
だった。


「ウィスタリアからプリンセスが来る」


親書を読んだゼノ様が、そうポツリと
呟いた。その声は他の者が聞いても
いつものゼノ様の声との違いに気付きは
しないと思うが、俺には判る。
少し浮かれていらっしゃる。

…あのプリンセスの事は嫌いでは無い。
真っ直ぐで素直、丸きり謀(はかりごと)
に向かないウィスタリアのプリンセス。
…他人事ながら見ていて心配になる程。

だが、ゼノ様の相手としては役不足だ。

公明正大で理知的、如何なる時も冷静で
動じない大国シュタインの国王ゼノ様。
あの若さでご帯冠されてからというもの
ゼノ様には様々な縁談が申し込まれて
いる程なのに。

だが、どの姫にもゼノ様は…ご興味を
お示しにならない。

ウィスタリアのプリンセス選抜の話題が
上ったのはそんな中だった。

隣国であるウィスタリアが平民の中から
プリンセスを決めるという情報を聞き、
最初は耳を疑ったがそれはウィスタリア
独自の文化らしく、現国王に嫡子がない
場合にのみ適用する制度らしいが、我が
シュタインでは考えられぬ事だ。

何の帝王学も学んでいない一般市民を
プリンセスに据え、その娘に次期国王を
選ばせるなど。

だが、ゼノ様は…その事に甚く興味を
持たれた様子だった。ただを覗くだけの
予定であった平民プリンセスの帯冠式に
出席し、剰(あまつ)さえ城を訪れただけ
ではなく城下上がりの平民プリンセスに
お声を掛けられた。

プリンセスはゼノ様のご威光に打たれて
縮み上がっていた様だが当然だ。
ゼノ様は王の中の王。
平民でしかない女が彼の方のご威光に
畏怖するは何も恥ずかしい事では無い。

しかしその後、招待を受けたお披露目式
に会ったあの平民出のプリンセスは…
たった数ヶ月とは思えない程の成長を
しており、まだ付け焼刃ではあったが
一応王族たるやどう行動すべきかなどを
ちゃんと自分の頭でも考えて行動して
いる様で好感が持てた。

選ばれた時に見た、何処にでも居そうな
平民出の冴えない少女はもう居らず、
そこに居るのは成り立てではあるものの
一応プリンセスと呼んで差し支えのない
女性だった。

…かと言って、ゼノ様と釣り合うには
まだまだな拙(つたな)いプリンセスだが

しかし彼女は会う度に驚く程の成長を
見せる。歳若いせいもあるのだろうか、
最近では、プリンセスにされる質問に
この俺が一瞬詰まる事がある程で。

…とても努力家なのだろう。
それは美点で褒められるべき部分だ。

それに、彼女は他の姫君達の様に自分を
自ら売り込むような事をしない。
これも特筆するべきだろう。

ゼノ様も俺も、強引な縁談で送り込まれ
て来た姫君達の押しつけがましさに辟易
されていたから。

シュタインとの交易を望む諸外国。
国内での力を付けようと目論む大臣達。

その様な者たちに囲まれたゼノ様があの
天然な笑顔に癒されているというのは
解る気がした。


…しかし。


「アル。プリンセスを出迎える準備を
するぞ。部屋は…」

「は。…ゼノ様、その様な事までも
ゼノ様自ずからなさる事はありません。
…私が全て手筈は整え迎えて参ります。
ゼノ様はご公務を先にお片付け下さい」


そう言い残し、ゼノ様の執務室を後に
する。メイド頭に部屋のセッティングを
命じ、プリンセスの好きそうな柔らかな
色の花を手配する様に告げ、彼女が前回
大変喜んでいた食事、お茶、菓子と部屋
と指示を細かに出して行く。


――ああ、そうだ。

前回お泊めした部屋よりもこちら側の
山側の方が新緑が美しく見えるだろう。

そう思いメイド頭にもう一度命じ直し。

その部屋が俺の部屋の真上だと言う事に
少し躊躇したが、今この城で一番の眺め
なのだから仕方無い。彼女も来賓だから
持て成さねばと言うだけだ、などと自ら
誰に向かっての言い訳か解りもしない
ものを口の中で繰り返し。

頭の中で、この景色を子供の様に喜ぶ
彼女の様子に苦笑する。


そうして出来る限りの準備をし、
俺は当日彼女を迎えに走ったのだった。




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