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□新緑の季節は全てが碧く
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ウィスタリアのプリンセスが来る。
1年程前、彼女が来た時は捕虜の様な
状態だった。

過激派テロへの対策での密談で、よりに
因ってゼノ様がウィスタリアへ出掛けて
いるタイミングにシュタインの首都で
テロが奇襲。
ウィスタリアの関与が疑われた。

彼女はウィスタリアの潔白を示す為、
自ら捕虜となったのだった。

彼女は約2ヶ月この城へ軟禁となった。
今でもその時のことは明白に覚えている
…敵と見做(みな)されている国に単身で
捕えられ、蒼白になった顔色。
だが、彼女は真っ直ぐに俺とゼノ様、
そしてシュタイン兵士達を見回した。

「ウィスタリアの潔白はプリンセスで
あるこの私の身を以て証明します。
今日この時より私の身柄はシュタインへ
移し、その間、ウィスタリアは調査を
して下さい。…勿論シュタインの方々も
同行調査をされても結構です。…その
代わりハッキリとした証拠も上がらない
状態での戦いや攻撃は行わない事を
誓って下さい。」

何処か震える声を必死で抑え、そう言う
彼女は美しく、あの場で確実に彼女は
プリンセスだった。

ゼノ様の計らいで、彼女の身は捕虜では
あったが、賓客としての扱いとして城の
客間で軟禁となった。
ウィスタリアの面々は彼女に付き従い
一緒に軟禁される事を望んで来たが、
彼女は真実を調査するのに誰一人として
欠けてはならないからと説得し、供も
付けず唯一人この城へと囚われた。

俺は正直、半々だと思っていた。
あの反応を見ている限り、城の面々が
テロに加担しているとは思えなかったが
ウィスタリアの大臣、貴族クラスは
関わっているだろうと思っていた。

そうなった場合、ウィスタリアはこの
プリンセスを失う。聡明で国を愛する
城の要とも成り得るこの女性を。
なんて愚かな事だろうと。

だが実際このテロの真実は、他隣国が
シュタインとウィスタリアの関係がこれ
以上深まるのを好しとせず仕掛けた物で
…それを暴いたのはウィスタリアの
教育係と教官、騎士…つまりは彼女の
側近達だった。

シュタインとしてもちゃんと裏を取り、
この度の扱いを謝罪し、交易の復活と
両国間の密な関係を約束したのだ。

その為、互いの祭典や行事毎に招待状を
送り合い、予定を空けては訪問を重ねて
いる。今回の訪問も恐らくその一環だ。

親書を手にしたゼノ様から来訪の詳しい
経緯はまだ聞かされていないが。…だが
この新緑の美しいシュタインで一番の
季節を彼女に見せてやれる事は嬉しく、
また誇らしく思えた。


「…前回の部屋では無いのか。」


窓を開け、光のさし込む部屋で部屋の
不備が無いか確認している俺の背後から
ゼノ様のお声が掛かる。


「ゼノ様。…はい。この季節はこちら側
からの景色の方が美しいのでプリンセス
にも愉しんで頂けるかと。」

「…なるほど。お前はプリンセスの事を
良く分かっている様だな。…確かに、
彼女が喜びそうだ。」


そう仰り、僅かに微笑まれた。
胸の奥がチクリと痛んだ。

彼女を気に入っている様子のゼノ様。
彼女からしても、大国シュタインの王に
見染められ嫁ぐ…。これ以上の縁談は
あるまい。

…だが。


「プリンセスの来訪理由だが…」


つい、自分の考えに嵌り込んでいた俺の
耳にゼノ様の深い声が響く。


「はい。」

「彼女の休暇をこのシュタインで過ごし
たいのだそうだ。親睦を深めると言った
所か。」


――なるほど。

この様子だとやはり彼女の周りは彼女を
シュタインへ輿入れさせたいとの狙いか
…抜け目ない事だ。彼女の少ない休み
すらもこの様に利用して親睦と言う名の
元に、彼女とゼノ様の距離を一気に狭め
近付けようと言う魂胆だろう。

だが、そう思い眉間に皺寄せる俺をどう
思ったのか、ゼノ様はふとお笑いになり
くるりと踵を返した。


「彼女の滞在は2日だけだ。その間俺も
公務を抑えられる様今の内に片付けて
おこう。」


そう仰って。…ゼノ様はお気づきだろう
ウィスタリアの魂胆を。
それでも、彼女を他の姫の様に敬遠せず
この様に歓待し受け入れるのは、この
縁談をお受けなさるお心積もりなのだ
ろうか。

そう思えば尚更胸の奥が痛んだ。





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