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□新緑の季節は全てが碧く
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***



その日の朝、午前中のまだ早めの頃に
ウィスタリア一行は到着した。

その一行はプライベートとだけあって
小規模で彼女と彼女のお付きの者だけ。

相変わらずあの小賢しいユーリが彼女の
身の回りの世話をしているらしく彼女に
付き従っており、今回はクロフォード
騎士団長では無く、彼女の教育係のジル
=クリストフが彼女の護衛として同行
している様だった。

親愛と友好を表す為にも騎士を同行し
無かったのだろうと思えた。


「お久し振りです。アルバート。」


教育係のエスコートで馬車から降り、
彼女は先頭で出迎えた俺に、真っ先に
駆け寄り笑顔を向けた。


「ようこそお越し下さいました。」

「シュタインは今最も美しい季節だと
聞いて楽しみに参りました。」


そう言って、人懐こい笑顔を向ける。
実はシュタインの城の面子も彼女のこの
笑顔を好ましく思っている者も多く。
俺もつい、表情が緩むのを自覚せざるを
得なかった。


「…後で城下を案内しよう。」


ゼノ様がいつもの表情で彼女にお声を
掛ける。その冷徹とも取れる表情に、
他の姫君達は一様に表情を凍らせたもの
だが、プリンセスは慣れたものでそんな
ゼノ様の表情にも臆する事無く笑った。


「ありがとうございます!…でも急に
来たのは私ですから…ゼノ様もご公務で
お忙しいのに、無理をなさって欲しくは
ありません。どうかゼノ様。ご厚意は
とても嬉しく思いますが…お気遣いは
なさらないで下さいね。」


プリンセスのその言い様に、ゼノ様が
微笑まれる。家臣の者達もその様子を
見ている。ウィスタリアの臣下の者達も
…それがどのような事になるのか、先が
見える気がした。


結局、その日の夕方、城下の案内として
私服のお忍び状態でプリンセスとゼノ様
そして離れて俺とウィスタリアの面子、
その顔触れで城下の視察となった。

ゼノ様の横で笑顔を見せ、チョロチョロ
と市場を動き回るプリンセス。

人混みに一瞬見失う度に冷やりとする。


「…全く、あの方には肝を冷やされる。
貴方方の日頃の苦労が解ろうと言うもん
です。」


口元に笑みを張りつけた教育係が目で
苦笑する。


「お分かり頂けて光栄です。」

「あ、お店に入りましたよ。」


俺の言葉をスル―する様に、ユーリが
彼女の動向を報告する。

見ていると、ゼノ様もご一緒に店に入る
様子が見えた。…文具店らしい店。
全員が入ると悪目立ちしてしまうから、
見える位置から様子を窺う。

笑み満面のプリンセス。
ゼノ様の表情も柔らかい。

遠目に見ても仲の良い恋人同士か兄妹と
言う感じか。

暫くすると2人が出て来た。
手に何か小さな包みを持っている。
プリンセスがゼノ様に礼を言っており、
ゼノ様がプリンセスに贈り物をしたのだ
と判った。大事そうにその小さな袋を
抱えるプリンセス。それを温かい表情で
見守るゼノ様。


――ああ、これは確定か…?

ゼノ様とプリンセス。
両国の繋がりの為にも、この婚姻は歓迎
されるだろう。

俺はゼノ様の為にも彼女の為にも、また
国の為にもこの婚姻は最良なのだと…
頭の何処かで判って居た結論を出した。


「あーあ、サラディナ様本当に嬉しそう
…何買ったんだろうね?」

「…さあな。ゼノ様がご一緒に選んだの
だから、それは良い物に違い無かろう」

「…ホント、アルはお堅いなぁ。」

「なんだと?! 」

「…こんな所で喧嘩なさらないで下さい
子供じゃないんですから。」


ユーリとの遣り取りに、ついカッとなり
ジル=クリストフの呆れた口調で窘め
られる。…屈辱だ。

だがこんな事で機嫌を悪くなぞしたら、
それこそ子供のケンカの様だと自分を
律し、冷静さを取り戻す。

彼女の嬉しそうな笑顔と、ゼノ様の余り
見せない柔らかな表情が強く瞼の裏に
焼き付いた。




城に戻り、ディナーの時間。

プリンセスは始終ご機嫌だった。
ゼノ様もそんな彼女の様子を微笑まし気
に見ていた。

和やかに食事も済みゼノ様はやり残した
雑務を片す為にダイニングを後にした。
俺も直ぐに後を追うが、来賓を持て成せ
と追い返され、彼女の元に戻った。

その状態で。


「あの…アルバート?」


おずおずと言う様に彼女が俺に声を掛け
今夜空いているかと訊く。

何故そんな事を訊くのか皆目分からない
…だが、正直に言った。


「この後私も雑務がありますが、
その後でしたら…。」

「良かった! じゃあ、終わってからで
結構ですから、私のお部屋に来て下さい
ますか?」

「は…?」


今から雑務を片付ければ、終わるのは
夜半過ぎとなるだろう。


そんな時間に女性の部屋へ…?


幾ら彼女が天然で無防備とは言え、
それは余りにも危機感が無さ過ぎる。

女性たるもの、例えプリンセスであろう
とも、男を部屋に引き入れるのは感心
しない。

そう思って彼女に説教をし出した時。

またしてもユーリが小馬鹿にした口調で
口を挟んだ。


「何勝手に誤解してんのか知らないけど
俺やジル様がサラディナ様の部屋に幾ら
堅物アルでも男と2人きりなんてさせる
訳無いだろ。俺らも居る部屋にだよ。」

「ユ、ユーリ!」

「ぬ…。」

「…と言う事ですので、アルバートも
何も気になさらずプリンセスのご招待に
お応え下さい。」


『ご招待』と言われた時点で気付くべき
だったが、ユーリの物言いと夜中の女性
…しかもプリンセスからの、誘いに動揺
していた事は否めない。

俺は予想だにせず彼女の部屋を訪れたの
だった。




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