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□陽重なりて晴れとなり
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【 陽重なりて晴れとなり 】


ウィスタリアの夏は暑い。

夏なのだから当たり前だとは思うが、
俺は長い事北の国であるシュタインに
居たせいかこの暑さをより強く感じて
しまう。

そんな残暑の熱の残る9月の初め。


「あ…、ロベールさん。
おはようございます!」


朝の中庭で、朝食を終え今から公務へと
向かうのだろうか、この国のプリンセス
サラディナちゃんが声を掛けて来た。

元は城下の一市民だった彼女と俺は一体
どんな縁なのかこの城で再会した。

流れ者の俺と城下の子供だった彼女。
それが今はしがない宮廷絵描きと一国の
プリンセスとして。

自分の過去の変遷を考えれば何と奇なる
出会いだろうと思える。


「やぁ、今から公務?」

「はい。朝の市場の視察に行くんです」


実際彼女はよく頑張っている。
ついこの間まで唯の平民で普通の女の子
として生活していたものをジルに選ばれ
いきなりプリンセスとして城にまるで
攫われる様にして取り込まれた。

それなのに、日々笑顔を絶やす事無く
必死で努力している姿は直向(ひたむ)き
過ぎて痛々しいくらい。


「そう、朝の市場に行けば自国の生産
状況も他国との流通状態も手に取る様に
判るからね…。しっかりと見ておいで」

「…はい! やっぱりロベールさんって
凄い。私、そう言う事はつい最近レオと
ジルにも教えて貰ったところなんです。
市場と政治の関係性だなんて、今まで
思いもしなくて!…ではウィスタリアの
状況、しっかり見て来ますね。」


そう言ってニッコリと笑う。

それはそうだろう。
市場は市民にとって生活の場で、日常の
一コマに過ぎない場所であり毎日そんな
事を考えて生活してる者など有ろう筈も
なく、ついこの間まで一般の女性として
生活していた彼女ならば言わずもがな。

差し出がましくした俺の助言など不要で
彼女の優秀な教育係は…彼女の政治上の
無知は当然見越した上でこの公務を組み
込んだに違いない。

それでも。
俺は彼女に知り得るだけの助言をせずに
居られない。

彼女の苦労が最小限であって欲しいし、
これから多岐に亘る大波に見舞われる
彼女を思えば自分に出来る事は何だって
力になってやりたいと思う。

今は唯のしがない絵描きの俺だけれど。

だが彼女は、たかが絵描きの戯言すら
見下す事なく素直に聞き入れ。そんな
彼女は城下に居た頃と何ら変わらず…。

そう…俺が心に傷を受け、人間不信で
ウィスタリアの城下に辿り着いた頃、
その陽だまりの様な明るさと素直さに
何度救われた事だろう。

…だから、今度は俺が…この数奇なる
運命に翻弄されるであろう彼女を助ける
べく振舞おうと思っていた。


「市場では教会広場前の八百屋の店主に
色々訊くといいよ。彼は今、あの市場を
取り仕切る長だから。」

「ええっ、そうなんですか?!
…あの八百屋のおじさん、そんなに偉い
人だったんですね…。」


ああ、そうだ。彼女は城下育ち。
彼らの立場は知らなくとも、彼らのその
『人となり』は知っている。
それこそが、彼女の強み。


「…そうか、サラディナちゃんは彼らと
知り合いだものね。役人では聞けない事
沢山聞いて来ると良いよ。」

「はいっ、ロベールさんありがとう!」


そんな会話で。

俺が市場の中の関係性を知っているのは
自分の生まれがそう言うものを先に見て
しまう環境だったから。
その『人となり』よりも立場や関係性
ばかりを見て動かして来たから。

その一つ一つが仕込まれた帝王学。
正にそれこそが俺の『人となり』で。

そう思えば思う程
彼女を眩しく感じるのだ。




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